昨日はカラオケに行きました。
もちろん、楽しかったのですが、昨日書いた「スシローぺろぺろ事件」の実行者舐めローくんの母親のことが頭に浮かんできてなかなか集中できませんでした。
なんというか、心がふたがれる思いとでもいうのでしょうか。
彼女も、いろいろな不満はあっても、夫と子供を愛する普通の主婦として、幸せな生活を送ってきたのだと思います。
それが突然、晴天の霹靂のようにとんでもない不幸が襲い、すべてがガラガラと崩れてしまった。
舐めローくんも恐らく、不登校気味だったそうですが、生意気ではあっても、まあ普通の子供だったのだと思います。
それがただ目立ちたいためにイタズラを思いつき、実行した。
そのイタズラもSNSがない時代だったら、それほど深刻な事態には発展しなかったでしょう。
それが数億、数十億のレベルともいわれる損害賠償問題になってしまった。
馬鹿な子ほどかわいいといいますが、それでも彼女は子供を愛しているでしょう。
母親とはそういうものです(例外もありますが)。
最近、よく親ガチャなんてことをいうようですが、子ガチャもあります。
どんな子供が生まれてくるかなんか運でしかない。
彼女の教育が悪かったとの意見もあるでしょう。
しかし、何度もいいますが、教育なんてものにほとんど意味はありません。
しかも、舐めローくんの場合は、単に考えが足りなかっただけで、凶悪犯というわけでもない。
ただただ、結果が予想を遥かに越えて、大きかった。
本当にこれがゲンコツ3発、皿洗いで済むような話だったらどんなによかったことか。
本当に言葉になりません。
私がこういう気持ちを抱いたことは過去にもありました。
なんども書いたように、私は他人への同情心があまりありません。
しかし、死刑制度について調べていたときにある死刑囚の母親の話を読んだんですね。
この死刑囚は人を3人殺し、彼が犯人であることにも疑問の余地はありません。
しかし、この母親は裁判中も裁判後も息子の減刑を訴え続けます。
彼女も貧しくはあっても、普通の生活を送っていました。
それが世間の目を避けて生きることを余儀なくされます。
当然世間から叩かれていました。
「どんな教育をしたんだ」
「お前にも責任がある」
といった感じですね。
彼女は機会があるごとに謝罪します。
裁判では被害者家族に土下座もしました。
それでも、息子の減刑嘆願は続けます。
しかし、ある日、彼女の息子は処刑されます。
ご存じかも知れませんが、死刑はあらかじめ執行日を知らせません。
本人にも本人の家族にも。
処刑後、これを聞かされた彼女は悲嘆にくれ、その数カ月後、投身自殺をしてしまいます。
彼女にとって息子がすべてであり、たとえ死刑囚として収監されていても、生きていさえすればよかったのです。
その最後の心の灯火も消えてしまった彼女には他に選択肢はなかったのでしょう。
これを読んだときも心がふたがれる思いをしました。
念のためにいっておくと、私は前にも書いた通り死刑在置論者です。
ですから彼女の息子を死刑に処すべきではなかったとも、死刑を廃止すべきだとも考えていません。
ただ、この母親の心情を考えるとなんともいえない気持ちになるのです。
舐めローくんの話に戻ると、彼も本当にもう少し想像力を働かせればよかったのに。
彼を模倣しようなんて考えているバカッター候補の人はよく考えてください。
言い古されたことですが、自分は一人で生きているのではないことを思い出してください。
自分でやらかしたことで、自分の人生を台無しにするのは勝手です。
しかし、そのために、家族まで巻き込んではいけない。
特に、お母さんに悲しい思いをさせてはいけません。
本当にノリでくだらないイタズラをする前にもう一度考えてください。
心からお願いします。
では
追記 : 今日の記事では「スシローぺろぺろ事件」と殺人事件と同列に並べて語っていると思われるかも知れませんが、母親の気持ちを考えてみました。