親の終活について調べ始めると、よく出てくる言葉があります。
「遺言」
「家族信託」
「任意後見」
どれも、将来に備えるための大切な仕組みです。
しかし、名前だけを聞いても、
「結局、何が違うの?」
「遺言を書いておけば十分なの?」
「認知症対策なら家族信託なの?」
「任意後見まで必要なの?」
と迷う方は多いのではないでしょうか。
実は、この3つは「どれか一つを選べば終わり」というものではありません。
それぞれ、働くタイミングも、できることも、目的も違います。
とても簡単に言えば、
遺言は、主に「亡くなった後」の財産承継に備えるもの。
家族信託は、主に「生きている間から」の財産管理に備えるもの。
任意後見は、判断能力が低下した後の財産管理や生活上の契約に備えるもの。
と整理すると分かりやすくなります。
今回は、この3つの違いを、介護準備・終活という視点から整理していきます。
まずは3つの違いを大きく整理してみる
最初に、3つの制度の違いをシンプルに整理してみましょう。
【遺言】
主に働く時期:本人が亡くなった後
主な目的:財産を誰に、どのように引き継ぐかを決めること
認知症になった後の財産管理:原則として対応できない
介護施設などの契約:対応できない
亡くなった後の財産の渡し方:指定できる
準備する時期:本人が意思を示せるうち
【家族信託】
主に働く時期:本人が元気な生前から
主な目的:預貯金や不動産などの財産管理・承継
認知症になった後の財産管理:信託契約で定めた範囲で対応できる
介護施設などの契約:原則として、家族信託だけでは対応できない
亡くなった後の財産の渡し方:信託の設計によって対応できる場合がある
準備する時期:本人に十分な判断能力があるうち
【任意後見】
主に働く時期:本人の判断能力が低下した後
主な目的:財産管理に加えて、介護や生活に必要な契約を支援すること
認知症になった後の財産管理:任意後見契約で定めた代理権の範囲で対応できる
介護施設などの契約:契約内容に応じて対応できる
亡くなった後の財産の渡し方:原則として任意後見人の役割は本人の死亡により終了する
準備する時期:本人に十分な判断能力があるうち
この3つを、もっと簡単に言い換えると、
遺言は「亡くなった後の財産をどうするか?」
家族信託は「認知症などに備えて、生前の財産をどう管理するか?」
任意後見は「判断能力が低下した後、生活や財産管理を誰に支えてもらうか?」
を考えるための仕組みです。
同じ「終活の制度」に見えても、役割はかなり違います。
だからこそ、「どれが一番優れているか?」ではなく、「我が家は何に備えたいのか?」
から考える必要があります。
遺言は「亡くなった後」の財産承継に強い
まず、遺言です。
遺言の大きな役割は、本人が亡くなった後、「誰に、どの財産を、どのように引き継いでもらいたいか?」という意思を残すことです。
たとえば、
自宅は長男に相続させたい。
預貯金は兄弟姉妹で分けたい。
お世話になった人へ財産を遺したい。
特定の相続人に多く残したい。
遺言執行者を指定したい。
こうした意思を、法律上のルールに沿った遺言書に残すことができます。
特に、
不動産がある。
子どもが複数いる。
再婚している。
子どものいない夫婦である。
相続人以外にも財産を残したい。
といった家庭では、遺言を検討する意味が大きくなります。
遺言だけでは「認知症になった後」を守れない
ここが非常に重要です。
遺言を書いたからといって、認知症になった後の財産管理まで解決するわけではありません。
たとえば、親が80歳で認知症になり、90歳で亡くなったとします。
遺言が本格的に役割を果たすのは、基本的には亡くなった後です。
その前の10年間に、
銀行手続きをどうするのか?
自宅を売却する必要が出たらどうするのか?
介護費用をどう支払うのか?
施設の契約を誰がするのか?
こうした問題は、遺言だけでは解決できません。
つまり、遺言は「死後への備え」には強いけれど、「生前の判断能力低下への備え」には別の仕組みが必要なのです。
ここを知らずに、「遺言を書いたから終活は終わった」と思ってしまうと、大きな空白が生まれます。
家族信託は「財産を動かせなくなるリスク」に備える
次に、家族信託です。
一般に「家族信託」と呼ばれているものは、親族など信頼できる人を受託者として活用する民事信託の一つです。
たとえば、父親が自宅や賃貸不動産などを持っているとします。
父親が元気なうちに、「この財産を、この目的で管理してほしい」と息子や娘など、信頼できる人に託します。
たとえば、
財産を託す父親を「委託者」
財産を管理する子どもを「受託者」
その財産から利益を受ける父親を「受益者」
とする形が考えられます。
すると、将来父親の判断能力が低下しても、受託者は信託契約で定めた目的や権限の範囲で、信託された財産の管理を続けられる可能性があります。
ここが、認知症対策として家族信託が注目される大きな理由です。
「家はある。でも売れない」を防ぐ選択肢になる
たとえば、親が自宅で暮らしていたものの、認知症が進み、施設へ入ることになったとします。
家族としては、「空き家になる実家を売却して、そのお金を施設費に使おう」と考えるかもしれません。
しかし、自宅の所有者は親本人です。
親自身が売却の意味を理解して意思表示することが難しい状態になっていれば、子どもだからという理由だけで勝手に売却することはできません。
つまり、「資産はあるのに、必要な時に動かせない」ということが起こり得ます。
親が判断能力のあるうちに適切な信託を組み、自宅が信託財産となっていて、受託者に売却権限が与えられていれば、契約内容に従って財産を管理・処分できる場合があります。
こうした「認知症による資産管理の停止」に備えられることが、家族信託の大きな特徴です。
家族信託は「何でもできる制度」ではない
家族信託について調べると、「認知症対策の切り札」という表現を目にすることがあります。
しかし、家族信託も万能ではありません。
家族信託で中心になるのは、あくまで「財産管理」です。
たとえば、
預貯金などの金銭管理。
不動産の管理。
賃貸不動産の収益管理。
契約内容によっては不動産の売却。
将来の財産承継の設計。
などには活用できます。
一方で、受託者になったからといって当然に、
介護施設への入所契約。
介護サービスの契約。
入院に関する契約。
生活上のあらゆる代理行為。
まですべてできるわけではありません。
また、信託していない財産は、原則としてその信託による管理の対象にはなりません。
そのため、「家族信託をしたから、認知症になっても全部安心」という理解は避けた方がよいでしょう。
任意後見は「判断能力が低下した後」に備える
そこで出てくるのが、任意後見です。
任意後見制度は、本人に十分な判断能力があるうちに、「将来、自分の判断能力が低下したら、この人に支えてもらいたい」という人を自分で選び、あらかじめ契約しておく制度です。
そして、
どのような財産管理をお願いするのか?
どのような生活上の手続きをお願いするのか?
についても契約で決めておきます。
任意後見契約は、公正証書で作成します。
その後、本人の判断能力が低下し、家庭裁判所によって任意後見監督人が選任されることで、任意後見契約の効力が生じます。
任意後見では「生活や介護の契約」も支援できる
任意後見の特徴は、財産だけではなく、本人の生活や療養・介護に関する法律上の手続きも支援できることです。
契約内容によっては、
預貯金の管理。
年金の受取り。
税金や公共料金の支払い。
要介護認定に関する手続き。
介護サービスの契約。
介護費用の支払い。
医療機関との契約。
入院に関する手続き。
老人ホームなどへの入居契約。
といったことを代理できるように設計できます。
この点は、財産管理を中心とする家族信託との大きな違いです。
ただし、任意後見人が直接、
食事を作る。
掃除をする。
おむつ交換をする。
身体介護をする。
といった介護そのものを行う制度ではありません。
必要なサービスを選び、契約し、費用を支払い、本人の生活を支える仕組みを整える役割と考えると分かりやすいでしょう。
任意後見は「契約した瞬間」に始まるわけではない
ここも誤解しやすいポイントです。
任意後見契約を60代や70代で結んだからといって、その日から子どもが親の財産を管理するわけではありません。
本人が元気な間は、基本的に本人が自分で財産を管理します。
その後、判断能力が低下した段階で、家庭裁判所へ任意後見監督人の選任を申し立てます。
そして任意後見監督人が選任されると、任意後見契約が効力を持ちます。
つまり任意後見とは、元気な今の自分が、将来判断できなくなった自分のために、支援者と支援内容を予約しておく制度と考えると分かりやすいと思います。
「家族に任せる」のに、なぜ監督人が必要なのか?
親が子どもを任意後見人として選んだ場合でも、実際に任意後見が始まる時には、家庭裁判所が任意後見監督人を選任します。
なぜなら、任意後見人は本人のお金や重要な契約を扱うからです。
親子だから必ず適切に財産管理できるとは限りません。
本人の財産を本人のために適切に使っているか?
契約内容どおりに仕事をしているか?
それを確認する役割が任意後見監督人です。
家族にとっては少し窮屈に感じるかもしれませんが、本人の財産を守るための重要な仕組みでもあります。
では、どれを選べばいいのか?
ここまで読むと、「結局、うちの親にはどれが必要なの?」と思うかもしれません。
判断する時は、制度名から考えるのではなく、「何に困りそうなのか?」から考えると分かりやすくなります。
「亡くなった後の財産の分け方」が心配なら遺言
たとえば、
子どもが複数いる。
不動産がある。
相続人以外に財産を残したい。
相続後にもめてほしくない。
という場合は、遺言を検討する意味があります。
ただし、繰り返しになりますが、遺言だけでは認知症後の財産管理には対応できません。
「認知症後も不動産などを管理したい」なら家族信託
たとえば、
賃貸不動産がある。
実家を将来売却する可能性がある。
認知症になっても財産管理を止めたくない。
信頼できる家族に財産管理を任せたい。
という場合には、家族信託を検討する意味があります。
ただし、介護や生活に関する契約まで、家族信託だけですべて対応できるわけではありません。
「判断力低下後の生活全体を支えてほしい」なら任意後見
たとえば、
将来一人暮らしになる可能性がある。
施設への入所手続きを頼みたい。
介護サービスの契約をしてほしい。
預金や生活費の管理もしてほしい。
信頼できる人を自分で選んでおきたい。
という場合には、任意後見を検討する意味があります。
本当は「どれか一つ」ではなく組み合わせることもある
実際の終活では、どれか一つだけで十分とは限りません。
たとえば、
父親が自宅と預貯金を持っている。
将来認知症になる可能性に備えたい。
介護施設への入居手続きも子どもに頼みたい。
亡くなった後は、きょうだいでもめずに財産を分けたい。
このような場合、
生前の財産管理には家族信託。
判断能力低下後の生活上の契約には任意後見。
亡くなった後の相続には遺言。
というように、複数の制度を組み合わせることも考えられます。
ただし、実際の設計は財産内容、家族構成、税金、不動産、相続関係などによって変わります。
「家族信託が一番いい」
「任意後見をしておけば大丈夫」
と制度名だけで決めるのではなく、必要に応じて弁護士、司法書士、税理士、公証人などの専門家へ相談することが大切です。
元気なうちでなければ選べない制度がある
3つの制度を考えるうえで、とても重要なポイントがあります。
それは、「親の意思を確認できるうちに考える方が、選択肢が多い」ということです。
親の判断能力が大きく低下した後では、
遺言を新たに作ること。
家族信託を新たに契約すること。
任意後見契約を新たに結ぶこと。
が難しくなる可能性があります。
家族が、「認知症になったら考えよう」と思っていると、その時には使いたかった選択肢を選びにくくなっていることがあるのです。
これこそ、この連載で何度もお伝えしている、「親が元気なうちに備える意味」です。
今やっておきたいことは3つ
一つ目は、我が家が何に備えたいのかを書き出すことです。
相続なのか?
認知症後の財産管理なのか?
介護や施設の契約なのか?
目的が分かれば、必要な制度も見えやすくなります。
二つ目は、親の財産を大まかに整理することです。
預貯金、不動産、株式、保険など、何があるのかを把握します。
正確な金額より、まずは財産の種類と所在を知ることが大切です。
三つ目は、制度を決める前に専門家へ相談することです。
インターネットの記事だけを読んで、
「家族信託が一番良さそうだ」
「とりあえず遺言を書けばいい」
と決めるのでなく、家族構成や財産内容に合っているかを確認しましょう。
制度を選ぶ前に「何を守りたいか?」を考える
遺言・家族信託・任意後見。
言葉だけを見ると難しく感じます。
でも、大切なのは制度を覚えることではありません。
遺言は、主に亡くなった後の財産承継。
家族信託は、主に生前からの財産管理。
任意後見は、主に判断能力低下後の財産管理と生活上の契約。
それぞれ守るものと、働く時期が違います。
そして、本当に考えるべきなのは、
「どの制度を使うか?」
より先に、
親は何を守りたいのか?
家族はどこで困りそうなのか?
ということです。
自宅を守りたい。
介護費用を確保したい。
認知症になっても財産を適切に管理したい。
信頼する家族に生活を支えてほしい。
亡くなった後、きょうだいでもめてほしくない。
その希望を明確にしたうえで、必要な制度を選ぶ。
終活は、制度を使うことが目的ではありません。
親の意思を、判断できなくなった後や亡くなった後にも、できるだけつないでいくための準備です。
そして、その準備は親が元気な今だからこそできます。
ご相談はご気軽に!!