仕事などで、
よく面倒な仕事ばかりたのまれる。
なんだか頑張れば頑張るほど
面倒な仕事が降りかかってくる。
自分だけが損している。
ハズレくじを引いている。
報われない。
あの人はもっと「要領よく」やっているのに、
なんで私だけ・・。
最近このようなモヤモヤした思いを巡らせながら、
仕事をすることが多かったです。
そんなとき。
ちょうど、ある映画を見ました。
「ゴジラマイナスワン」
神木隆之介さんが主演の一昔前の映画です。
ちょうど海に眠るダイヤモンドの最終回を見たばかりで、
昭和を舞台にした神木隆之介さん演じる鉄平と
ゴジラの神木さんが被って見てしまったのです。
海に眠るダイヤモンドの鉄平は
「報われないまま」「自己犠牲を払い」
一生を終えました。
最後は詳しく描かれていなかったので、
鉄平は幸せだったかどうかはわかりません。
幸せだったと。
そのように無理やり結びつけようとしている
視聴者側の自分もいました。
そんな中、同じ神木さん主演の戦後のゴジラ映画と思い、
軽い気持ちで見ました。
その中のワンシーンです。
ゴジラを倒すために
戦艦に乗っていた元船員達を集めて
ゴジラを倒そうって呼びかけていたシーンで
その中の一人が
「なぜ自分たちだけが戦争に行って、生き残ったのに
またハズレくじを引かないといけないんだ」
「自分には家族がいる」
なんて事を言い、
リーダーが「それぞれの事情に関与はできない」と言い
参加したくない人は参加しなくて良しっとなったシーンです。
集められた人は
全員戦争に行き、なんとか無事に帰り、
そして、さらにまた・・・。
ゴジラとの戦いに参加させられる。
なぜ自分たちだけが
損しなきゃいけないんだ・・・・。
ハズレくじを引かないといけないんだ・・・・。
自分は悪くないのに
たまたま、その「時代」に生まれただけなのに・・・。
なんで!!
そのようなシーンでした。
そんな中でも
「誰かがやらなきゃいけないんでしょ?」
「それって役に立つんでしょ?」
と言いながら、
決して確実とは言えない、
不確かなゴジラを倒す計画に乗っていく人が現れるのです。
そして残された人は
報われるかどうかよくわからないまま
ゴジラを倒す計画を「信じて」動き始めたのです。
その表情は生き生きとしていた。
もしかすると
役に立つ。
何かのためになるかも知れない。
でも不確か。
でも信じる。
今だに戦争のトラウマを抱えながら生きている人もいる中で、
命懸けで準備を進めていく。
ここでは単に命を落とすだけではなく、
「命を軽く見ない」ように
自分の事も大切にしながら、
そして命を落とさないように
救いを用意した上で実行していったのです。
もちろん、
戦争と今の仕事とでは重みが全くもって異なります。
しかし
その中でも
「自分が損する役割」
になっていることについて、
そんなに「悪くはないな」と思えるようになってきました。
いつも損ばかりしている。
いつも他人に譲ってしまう。
しかし、自分をないがしろにしているわけではないのです。
心のどこかで
「自分がやらねば」という気持ちがどこかにあるから、
「誰かがやらねば」という気持ちがあるから
つい、損な役回りを引き受けてしまう。
これを「自分軸が無い」と言えるだろうか?
自分を主張しないYesマンだと言えるだろうか?
損な役回りを引き受けつつも
本当に大事なものは守っているのではなかろうか?
そう思えるようになったのです。
仮に「損しない立場」
映画で言うと、
自分の「事情」を優先して参加しなかった人たち。
そっち側に行くこともできるのです。
それをしなかった自分は
流されやすいのではなく、
自分の信念に基づいて行動したのでは無いだろうか。
そこで逃げたとしても
別の誰かにその役は回ってきます。
だったら、自分でやった方が
「後ろめたさ」が無い。
映画の中で、主人公の神木さん演じる敷島はずっと
戦争から「逃げてきた」ことに苦しめられます。
ゴジラを倒すことに命懸けで参加するのですが、
仲間達は
無理をするな
やけになるな
と常に声をかけています。
このような損な役目を果たさなければ
自分の中で何かが「終わらない」
そして、
損な役目、ハズレくじを引くことで
「いいように扱われている感覚」がしており、
そのような
「いいように扱われているような自分」
が嫌でした。
しかし
この映画のワンシーンを見て。
違うんだ。
自分が後悔してしまうからだ。
と考えるようになりました。
もしかすると
本当にいいように扱われているだけかも知れません。
しかし、
自分が後悔しなければ
それで良いんだ。
うーん。
海に眠るダイヤモンドの鉄平は
決して幸せではなかったかも知れないが、
後悔はしてなさそうだよね。
自分が背負わなくていい罪を「勝手に、自ら」背負っての
逃亡生活。
甥とお兄さんのお嫁さんを守るために自ら背負った兄の罪。
自分のせいにしないこともできだだろうし。
事実鉄平の罪ではないし。
しかし、
もし、朝子と結婚できたとしても、
何か「後悔」に一生苦しめられそうだな。
鉄平の性分からして・・・。
そんなことをぼんやりと思いながら
お正月のドラマ一気見と映画鑑賞は終わったのです。