心の雨の日に、そっと開いたノート

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コラム
午後の図書館には、静かな雨音がガラス窓にやさしく跳ねていた。
ページをめくる音さえ、どこか遠慮がちに響く。晴人は、隅の席に腰を下ろし、ただぼんやりと雨を見ていた。

心が重たい。
けれど、その重さの理由を言葉にするすべが分からない。まるで、黒くにじんだ雲のように、形が曖昧なまま浮かんでいる。

そのときだった。隣のテーブルから、やわらかな声がした。

「雨の日はね、心の声が、よく聴こえるんだよ」

顔を上げると、そこには穏やかな目をした初老の女性がいた。
彼女は小さなノートに何かを綴っている。

「……心の声?」

晴人が問い返すと、女性は微笑んだ。

「そう。無理に元気になろうとしなくてもいいの。ただ、今の気持ちをそっと紙においてみるの。理由なんて、あとで見えてくるから。」

その言葉が、不思議と胸の奥に静かに染み込んでいった。

帰宅した晴人は、久しぶりにノートを開いた。
ペンを握りしめながら、何も考えず、ただ思い浮かんだ言葉を並べていく。

孤独。焦り。不安。置いてけぼりにされたような気持ち。
ページの上に現れたそれらは、まるで自分の心を映す地図のようだった。

でも、不思議だった。
言葉にすることで、それらの感情がすこしずつ輪郭を持ち、霧が晴れていくような感覚があった。

翌日。
晴人は気まぐれに、普段は通らない道を歩いた。
細い小道の先に、小さな神社があった。雨上がりの空気は澄んでいて、鳥の声と風のざわめきが、耳と心をやさしく撫でた。

ポケットの中でイヤフォンが温もりを持っていた。
お気に入りの音楽を流すと、その旋律が心の奥にたまった静かな涙をすくいあげ、洗い流してくれるようだった。

それから数日。
晴人は再び図書館を訪れた。あの女性を探したが、彼女の姿はなかった。
けれど、彼女の残してくれた言葉は、晴人の中で確かに息づいていた。

「心の雨の日に、必要なのは、無理に晴らすことじゃない。ただ、寄り添ってあげること。」

晴人は静かにノートを開き、今の自分の気持ちを綴り始めた。
そこにはもう、重く沈んだ言葉だけではなく、淡い光のような「希望」や「少し安心した」という言葉が混ざっていた。

小さな晴れ間が、ページの上に広がっていく。
晴人はそっと微笑んだ。

自分を無理に変えようとしなくてもいい。
ただ、今日の自分に、そっと傘を差しかけるように――。
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