八月の夜、提灯の灯りが静かに揺れる神社の境内。
太鼓の音に合わせて、ひとが輪を描くように踊っている。
その隅に、ひとつの占いブースがある。
「盆踊り限定・心理占い 1件300円」
看板は手描きで、飾り気もない。
そこで出会ったのが、「円(まどか)先生」だった。
年齢も素性も、どこかあいまいな女性。
でもその目は、不思議と“見抜いているような”静けさを湛えていた。
「ここにはね、“踊れなくなった心”が集まってくるの」
円先生はそう言って、カードを1枚引いた。
出たのは、《吊るされた男》の逆位置。
「もしかして、自分ばかりが苦しいって感じてない?」
「我慢してきたのに、報われなかったって、思ってない?」
胸の奥を、そっと突かれるような言葉だった。
私が抱えていたのは、“片思い”という名の自己否定。
好きな人ができた。でも、声をかけることもできず、
勝手に傷ついて、勝手に遠ざかって。
「どうせ私なんて」と、心の中で何度も呟いていた。
円先生は、静かに続けた。
「好きになるとね、見たくない自分が浮かび上がってくるの。
でもそれって、本当に悪いこと?」
私は黙っていた。答えなんて、分からなかった。
「たとえば、あなたが踊りの輪に入ろうとするとする。
最初は怖いよね。誰かに変な目で見られたらどうしようって、思うよね。
でも実はね、人って意外と“誰が踊ってるか”なんて気にしてないの」
それは心理学でいう“スポットライト効果”だった。
「自分ばかりが注目されている」と思い込むけれど、
他人は、自分ほど自分のことを見ていない。
「一歩踏み出したあなたに、拍手を送る人が、きっといる。
でもそれは、あなたが先に、“自分を許した”ときだけ現れるのよ」
そのときだった。遠くで、音頭が変わった。
輪の中心で踊っていた人たちが、ふわっと歩を緩め、
再び太鼓のリズムに合わせて新しい踊りへと移っていく。
私は、思わず立ち上がっていた。
境内の端に咲いたような灯りの輪の中、
そっと足を出してみた。ぎこちないけれど、一歩。
円先生が、後ろから声をかけてきた。
「ねえ、大丈夫。
あなたの中にある“好き”は、ちゃんと光ってるから。
それを否定しないで。
むしろ、よくここまで抱えてきたねって、言ってあげて」
提灯の光が、私の影を長く伸ばしていた。
でもその影も、踊っているように見えた。
涙が出た。理由は分からない。
ただ、心のどこかが、ほどけていくのが分かった。
――私はいま、“踊り始めた”のかもしれない。
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👉《タイトル:「月と嘘と、カウンセラー円」》
占いカウンセラー・円の心の事件簿 第1話|waraku
心の奥に静かに触れる、心理ミステリー。
読み終えたとき、きっと誰かを抱きしめたくなる──
そんな物語をお届けします。