それは不幸しか来ないぞ。
そんなことなら酔っぱらって寝ていた方がまし
そして12月8日から2月8日まで、取次のご眷属はいるが
神様は山にいてそこにはいない
困った時だけ、初詣でだけの「おかげ信仰」よりも微力ながらでも、
神の社を支えようとする者に、神の力は及ぶ。
私は出雲大社の信徒で、11歳のあの日から毎月5千円送っていた。
お年玉?使ったことがない。
毎月毎月出雲大社に5千円送る
社会人になったら1万円を送る
教団経営にはカネがかかる。できる範囲でいいので現金を送る。
お札を辞退するとします
神社のお札は領収書。
いりませんと言えば、仕入れが連動しない。
会社経営していても 売り上げがすごい月とそうでもない月がくっきりしている。どの組織も売上だ 売り上げがないとどうにもならない。
きれいごと言ってすかしている奴が青年会議所にもいたが
いつの間にか破綻していった。
神職の衣が天から降ってくるとか、神職は食べなくても生きていけるとか
そんなこと真顔で言っているおめでたいお坊ちゃまがいたけど
それは理論上あり得ない
しかもダメな奴に限って、1月1日午前0時に10円玉もって初詣する
それがどれだけ神社の負担が大きいかということで、お賽銭は
紙のお札。
しかもご縁がありますようにとか
それはお前らの勝手だ ジャラ銭をぶち込んでいれば
その間は不幸なのだ。