【5月の幕開け:カオスとダークユーモアの祝祭】
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コラム
目が覚めると5月だった。カレンダーの5月1日には、すでに何者かの血塗られた手形がベッタリと押されていた(多分、花粉症の誰かがくしゃみを我慢できなかっただけだろう)。部屋の片隅では、去年のGWから放置された旅行ガイドブックが、勝手にページをめくって不気味な音を立てている。
街には、春の陽気と一緒に、花粉、黄砂、社会への不満、謎の宗教団体の勧誘チラシが飛び交っている。人々は笑顔で公園に繰り出すが、その笑顔の奥には連休明けの絶望と、妙にリアルな人形のような無表情がスタンバイしている。黄金週間?黄金の墓場だよ。財布も時間も希望も、全部どこかへ埋まってしまったみたいだ。どこかのATMからすすり泣く音が聞こえた気がする。
5月病?そんな甘いもんじゃない。今年の5月は、もはや【5月ゾンビ】だ。駅のホームを見渡すと、スーツを着た屍たちが無言で電車に吸い込まれていく。その背中には「生きるって何?」とだけ書かれた付箋がペタペタ貼られている。たまに混ざっている生きのいいサラリーマンも、よく見ると幻覚だ。
天気は良い。いや、良すぎる。無理やりポジティブなBGMが流れているかのような青空に、誰かの心の叫びが反響している。「もう無理〜!」というエコーが山の方から返ってきたが、気のせいではない。
そのくせ、自然界は容赦がない。無数の毛虫が電柱をパルクールし、ベランダに侵攻し、下手すると人間社会を乗っ取る気配すらある。すでに一部地域では、ベランダの覇権争いに敗れた住人が、そっと引っ越しの準備を始めているとかいないとか。
コンビニに行くと、「5月限定!さわやかフェア!」と銘打たれた商品棚が、腐敗寸前のサンドイッチと正体不明のハーブティーであふれている。買うべきか、見なかったことにすべきか。選択肢はない。5月には意志なんて通用しない。