先週、無事に手術が終わりました。
手術終了二日目に、お医者さんから「明日かあさって、退院していいよ」といきなり言われることに。
そして本当に体につながっていたあちこちのチューブを抜かれ、次の日退院しました。正直、一週間の入院と聞いてたので、びっくり。
読もうと思って持ってきたたくさんの本、読めず。w
他の入院患者たちも、えっ!って驚いてましたよ。
実際、退院間際まで全身麻酔の気持ち悪さが抜けず、何より偏頭痛が酷すぎて、歩くたびに吐いてしまうほどの有様だったんですけど、それでもその状態はこのまま病院にいても薬で治らないという自分の確信があったのと、お医者さん側も長年の勘からか、この人は普通の人と体質が違う、ということを直感的に感じて、の退院判断だったんですよね。
エネルギー的にかなり敏感な私のことを診れる治療者というのは、限られているので、その人を呼んでいいか医師にお伺いをたててみたものの、やっぱりだめで、「入院中に外部から、鍼灸や手技治療など、個体差の反応の大きい治療を入れることはできないから、もし自分の知ってる治療で治る確信があるんだったら、信頼したところへ一刻も早く行った方がいいだろう。傷はもう問題ない。」って前向きに言ってもらえました。
経験値の高い腕の良いお医者さんなので、そういう人というのは、やっぱり医者ができることできないことというのもわきまえている。そのうえで最良を判断してくれたのが、なによりもありがたかったです。
ぶっきらぼうに見えるけど、芯がやさしい先生でした。
気が付かないレベルで色々ラッキーだったのかもしれません。
そうそう、私の退院時には、看護師さんに「あなたなんで、この病院選んだんですか?」といきなりきかれたので、「??」と思っていると、
「要するに、なんかで調べて、この病院が名医だらけだってしっててきたんですか?」っていうんですよね。
「いや、全く知らず、ただ直感で…」って言ったら、
「すごい直感ですね。直感で何の情報もなしにここにきたんだったら、大正解ですよ。」って驚いていました。
そうだったのかぁ、なんにせよ、ツイていて、手術も綺麗にとれたんだったら、よかったと思いました。
実際、腫瘍はゆで卵大で、蛇が卵を飲んだかのような状態だったんだよね。
もとい、私は、卵が詰まった蛇か?!
前に有料ブログを購入してくれた方は、今年の道場での脳天大神にまつわる色々を話の中で詳しく知っていると思うので、この結果を聞いて、「ああ〜やばい蛇神や!」って、ことの大きさをわかってくれてると思う。
その結果、腫瘍とともに甲状腺を半分切除したけど、5倍にも膨れ上がっていて、実物を手術後に医者に見せられたピカチュウは「これは…そらぁ、息できないわな。あいつ、そんなに大変な状態だったのか。」と青くなったらしい。昨年8月に休止した猫のことといい、なんだかなぁ〜言葉がでない。
これでほとんどの体調がV字回復したら、本当に御神徳かもしれません。
で、退院したときは、体調最悪だったわけなんだけど、ぴかちゅうが迎えにきてくれて、案の定、薬で効かなかった激しい頭痛は、ぴかちゅうが病院入り口のベンチでお灸をしてくれてから、だんだん治っていきました。
なんとか、タクシーで東京の滞在先に帰ることができ、午後、いつもの治療者にお願いして神経的不調はとりあえずおさまり、ようやく快復基調へ。
土曜日に超スピードで医師が退院許可だしてくれた判断は大正解でした。
今は京都に帰ってきていますが、意識ははっきりしているものの、やっぱり激しいエネルギーの枯渇感があって、疲れやすいので、もうしばらく、回復のために仕事は休みを長く取ろうと思っています。
そうそう、麻酔かかってから終わるまで、手際の良い医師チームだったので、内視鏡手術で2時間くらいだったんですけど、私はといえば、その手術中もなんかあっちの世界の人とたくさんの話し合いをしてましたんですよ。
全身麻酔するとせん妄が現れるとか書いてあったので、もしかしたら、それなのか、わかりません。w でも、麻酔が覚めるまでHCUにいた間も、いろんな声が聞こえてました。
その中で、その声に言われたことの一つが、「お前さまの体は自分のものじゃない」ということだったんですよね。
「ヤオロズの神と日本ではいうけれど、体も神なんだ」
「この神は、この世でたくさんの体験を提供してあげようとして、ただ一緒にいるだけで、自分と同一ではない。」
「でもいまの現代人は、体は神であることを忘れ、自分のものだと思い上がって体を自分に隷属させようとし、自分の意思に体が当然従うものだとし、体の神の声を聞かない。」
「お前さまは、昔(前世)ではこのことを知っていたが、今世で現代の価値観に染まり、その大切なことを忘れてしまった。」
って言われたんですよね....。
そして「旧文明の世界の人たちは、体が神であることを知ってたよ。道具ではないことを知っていたから、体(神)を尊び、神の声を聞きながら動いていた。」
って言ってたんですよ。
そうなのか…。
で、あとで茶道の老師が文章苦手なくせに、入院中も何度かあったかいメールを英語で私にくださっていたので、お礼がてら入院中、こんなことを言われたと、簡単に報告したんですよ。
そしたら、チベット密教の得度者である老師から「あ、それ本当だよ。チベット仏教世界では実際、そう言われている。 確かに a deityだよ。」ってメールがありました。
日本的な神って、英語のGodじゃないんですよね。一神教的なのはGodだけど、日本の神々の概念に当てはまるようなのは、Deityっていうんだって。
体は神。
それでねぇ、声に諭されてたとき、うつらうつらの私は「ああ、そうか」と思ったんですよね。罪悪感とか反省とかいう気持ちからではなくて、単にそうなんだ、と受け止めた。
私は自分は、体調がきつい時、悪いことをしていないのに、なんでこんな目に遭いつづけるんだろうと思ったこともあった。でも、だからといって、べつにじぶんは正しいことをしてたかというとそうじゃなかったね、と思いました。だって、自分の一番近くにいる神の声に耳を傾けず、それと相談もせず、体という神を冒涜してたんだからなぁ、と思ったんですよね。
例えば、深夜なのに今、眠たくないから、寝ないでいい。と眠くなるまで好きなことしてたりするのもそう。自分のものだとおもってるから、自分がOK出せば、それでいいという感覚だった。ということは、その時、体の神の意見はどうなんだろうって、お伺いをたてて決めてなかったってことでしょ。
体の神は、ちょっと疲れてるって思ってるかもしれないのに、まだ頑張れると自分は押し通す、そんなこともそう。色々な会社で働いた時も。
父親が自衛官なわけなので、昔のしつけで、精神一つで体は動く、泣き言言うな、みたいな考えがある。非常時の軍人は、生き延びるためにそうするしかないとしても、民間人にはいらない考え。でも昭和世代にとって、これってよくある、戦前生まれの古い目上の大人や親戚の価値観でもあった。
だから、大きくなっても辛いといわなくなった。言えなくなった?
昭和世代の子供は、目上の大人の変な精神論の屁理屈に押しつぶされて、気軽に弱音を吐けなかった世代なんですよ。w
もっと辛いことは世の中にある、と言われて育ったことも大きい。
だから、大きくなっても、自分の事情より周りの事情優先になり、体調が多少おかしくても、そんなこといったって、役割も責任も締切もあるし!って、社会も、仕事してたら常識、のようになっていたと思う。
そういう時代だった。
でもそれは、声によると、自分都合優先で体の神の声は無視しているってことだから、二人三脚ができていないということでもある。
例えてみると、夫婦は一心同体って美しくいう関係でも、だんだん従順で優しい奥さんには甘えがでてくる。ヘタをすると奥さんの思いと自分の思いが一緒だと思い込むことにもつながるでしょ。いつのまにか、夫がワンマンになって、奥さんの心は離れていた、みたいなことがあるよね。
なるほど、これまでは、体と自分が一心同体すぎて、そんな感じのことがおきていたからこうなったんだ、と思ったんです。
つらくなったら、そりゃケアしてたけども、それじゃ遅いんだ。
それって完全に、妻の心がわからん夫じゃないか。
要するに、体の主人が自分であると思っているから、自分がよいなら、体もそれでよい、と思っているはずだと、独りよがりに完了してきてしまっていたのね。多分。
体は、神か。
そうだ、神であって私じゃないんだ。
そういうことに目を向けてみるきっかけになって、なるほどと思った。
夫がよく自分の妻のこと、かみさん、っていうじゃないですか。
あれ、結婚したら、妻を神さんだと思って大切にしろってとこから来たっていう説がある。
夫婦は一心同体がいいとかいうのは嘘で、そんな心を持つよりも、もっと大事な意識があった。
人生のパートナーになってくれるものって自分にとって神なのね。だから、神の如く、ちゃんとパートナーの意見に耳を傾けなきゃダメなのね。
神には神の都合がある。
だから私は、もしかしたら、ずっと体という妻の逆襲を受けた夫のような事態だったのかもしれないです。
…と、そんなふうに麻酔がぬけかかってうつらうつらしながら、私は見えない声にえんえん諭されたわけなんですよね。
体が自分の持ち物じゃないから、死んだ後、肉体という神は分離して、この世に残るわけですよね。
声は続けます。
「医者は、医学をやってるつもりの人もいるけど、そうじゃない。医者も看護師もあらゆる医療者は、神の領域に入り込むことを仕事としている。手術という物理的な仕事に見えたとしても、医者はその時、神と対話しているんだ。」
そして、その瞬間、朧げに思ったんですよね。
医療者と僧侶が同じシャーマンの領域にあったのは、それだからなんだ、別な職業に見えて、実は向き合っているものは、同じ神の神域なんだなぁと思いました。体は神だから。
神には神の法則がある。
それはやっぱり犯してはいけない領域。神の都合ってもんがある。
自分とは別人格なんだから、体の声を拝聴しなきゃいけないってことを教わりました。
体の神がいなくなったら、この世に定着できない。
あ、あとね、話はちょっとズレるけど、今日、大学での話。
供養という言葉の考察を、ネパール人の教授と学生との間でしているのを聞いていたんですけど、元のインドのサンスクリットの言葉・プジャには、供物の意味はあるんだけど、養うという意味まではなくて、漢語訳された時にそうなったのは、東アジアの土着の価値観が入り込んだからだと思われるって話しだったんですよね。
なんで養うかって、拝まれる対象である神々ももしも供えてくれる存在がいなかったらその存在がなくなってしまうからって話で、廃寺はまさにそんなでしょ。儀礼をしたり、その存在を認めて、大切にしようとする人間が、逆にいうとその神々の継続を養っているともいえる、とおそらく東アジアではそう考えたんだよねって先生は言っていた。
もともと世界には、一神教のような体系だった教義はなかったんじゃないか、日本もただ、呪術的なものだけが伝説的なお話と共にあっただけなんじゃないかと私は近頃、思うんだよね。
これは教授が言ったことじゃなくて、研究を進めていった結果の私の個人的な考えなんだけど、古代の東アジア大陸の考えでは、「気」の価値観がある。
気は物事を動かす鍵。寺だけじゃなく神社など、人が祈祷することによって、その意識波動は仏像や建物に転写される。そして、熱心に供養されるほどに、どんどん強化され、世代を超えて繋がりを見せる。
要するに、その仏がとかなんとかの神がというよりも、そういう自然霊だったり、なにか多次元世界の存在を結界の領域の中に閉じ込めるというベースの上に、人が儀礼を通して、自分たちの意識をその上に重ねることで、その存在の力を利用して実際の現世の実益に変えてきた。
私たちが守っている寺社はそういうものだったと思う。
私たちの神性を発動させるきっかけになるものではあっても、やっぱり、なんとかの神を崇めるような形態じゃなかったんじゃないか。
この日本の見えないものとの関わりって、もともと社会に宗教があったというよりも、実際は世界あちこちの大陸に散発的に存在する、いわば境界線が曖昧な、白呪術の集まりのようなもんが最初にあったんだと思うんですよ。
なんだかわからないけど、この音をここで発すると不都合が消し飛んだという体験的な理由から、マントラが生まれてきたりとか。そんな感じで。
例えば、孔雀明王の例がある。孔雀明王のおまじないだけは、釈迦も認めていたっていう一説があって、この孔雀明王のおまじないっていうのは、インドではヘビよけの呪文だったの。毒蛇が多いから、修行するにもそれに噛まれたら大変なことになる。蛇は修行者にとって大敵だったから、土着の伝説的呪文を現地の人は唱えていた。
そんなふうに、なんだかわからないけど、効く魔法、ってものが地上のあちこちにあった。
でも、呪術だけが一人歩きしちゃいけないから、その上にルールが必要になった。それが宗教の形をとっていった、って私はそう考えている。
安倍晴明さんたちが京都で使っていたものもおそらくそう。
宗教的な倫理に従って行っていたというより、実際は現世利益優先で使っていたと思う。そしてそれをするからには、その反動もちゃんと計算しなくちゃならなかったから、一応、陰陽師の中にも色々法則に従ったルールはあっただろう。
そして、その京都に(時代とともに全国に広がるかたちで)いた、法師陰陽師たちは、大陸や土着の古代の知恵を使って、フツーのひとに向けて、ライフ・コンサルティングをしていたんだ。
そして、そういう民間コンサルタントは、密教系僧侶だったり、修験者だったりの背景も持っていた。なら、こうして私が京都に来て、そういうところに流れていったのはある意味、自然な流れだったとも言える。
見えない世界の法則のありさまが見えたら、自分なりの納得感があって、
ああ、もういいや、僧侶になろう。
この先、何かになりたいわけでもない。
前世と同じことをまたやってしまうことになってしまうけど、人と人とのなかで共有して生まれる感動を味わえれば、それでいい。
綺麗事じゃないんだけど、余生を送る気分で、
手術後、そう素直に思った…。
生きて死ぬまでの時間を何に使うのか。
生きるということは、夢を見ていることと同じで、ペットも金も名誉も人も、ここで築き上げた物理的なものは、なにひとつ持っていくことはできない。
肉体だって持っていけないんだから。
肉体の痛みに耐え続けるだけの人生を送る人だっている。
それに優劣も善悪もない。
ただある人生の時間をどう埋めるか、いろんな意味をもたせながら、人は生きている。
じゃあ、この世界でもっとも濃く生きるということはどういうことだろう?
改めて考えた。
長生きしたとして、あと30年、そのうち体が動き続けてくれるのは何年になるかわからない。その時間を何に使う?何を体験したい?
私が今回入院するとなった時、京都で知り合った多くの人が非常に気にしてくれて、いろいろなことを配慮してくれた。温かい言葉もたくさんいただき、労ってくれた。先ほどもご近所の方が「無事に手術おわったのがわたしもうれしかったので」って、お花とお菓子を持ってきてくださった。
老師も踊るかのように退院を喜んでくれた。
かつて東京では、自分が入院するとなった時、親しく交流していた人の誰一人、「お大事に」の一言ですら、声をかけてくれた人はいなかった。退院しても、お加減いかがですか、もなかった。「いつ帰ってくるの?相談したいことがあるんだけど。」「友達に紹介していい?」って自分の用事のことだけとにかくきいてきた。私は道具じゃない。
道具として人を利用することしか頭にない東京人。してくれたひとの想いを受け取ることができない東京人。弱肉強食の見栄っ張り社会東京。今、思うと、あの頃は、とても浅く、薄情で、日本人とは呼べない感性の人たちが理解不能で、苦しんだ。先週、東京の不動産屋に聞いたら民泊だらけで浅草はもう外国になってしまったとかいうくらいだそうで、都内は特定の国の民度の低い外国人の割合が相当に増えていることが明らかになってるので、東京の波動が一気に落ち出したと感じたのは、まさに東京の集合意識の構成が変わったせいなのかもしれないけども。
仕事のほうでも、営業してんのか急に問い詰めてきて、知り合いでもないのに人脈を紹介してくれと言われ、手術終わったら予約いれたいって平気で言ってくる人もいる。あげく、丁寧な労りの言葉一つ言えない客も来たりする。金をいくらもらおうとも、そういう東京的一方的な社会性の人とは、つくづく縁切りしたいと思ったりした。金でなんでも買えると思っている。
一方、今いる京都にはあったかい情愛がたくさんあり、人の尊厳を本当に大切にしたコミュニケーションができる感性のある人たちがたくさんいて、家族ごと、そういうひとに囲まれている。同世代には、何かに打ち込み、尊敬できる友人もいる。
ここには昔ながらの日本人の感性をもったひとたちがたくさんいる。金よりも大事なものがなにかをわかっている人たちがいる。
本当に180度世界が変わったかのように、人的環境が変わってくれたのが何よりもありがたいことだとおもう。
京都には、持ちつ持たれつの暮らしや、与え愛がある。
このあったかい街を、物質至上主義の東京のようにしてはならない。と思う。だから、生まれ育ったふるさとのように、大事に思っている。
手術を通してあらためて、関西が好きになった。
そっちの世界だけに生きたいし、そういうひとたちの笑顔を見て暮らしたい。
そういう決意がより強くなった。
そうした無償の恩恵を与えられて、人の素晴らしさを信じる気持ちをもう一度再興してくれた京都に、地域に恩返ししていきたいと思っているので、色々な形でコミュニティに奉仕していくことを残りの人生にしていきたいと、手術後、そう思った。
それが僧侶になろうと思った、理由だと思う。
それで帰京後、なにが進んでるわけでもないけど、お世話になっている修験者の教授に、その決意表明だけはした。w
麻酔が覚めかかっている時、その声は言っていた。
「体が神ということを、昔の御前様は知っていた。もう十分学んだと思う。だから昔わかっていた知識と知恵を、もう、今に繋げてあげよう。」
夢現の中で聞いた声だから、なにか確証があるわけではないんだけど、だから、エンタメとして聞いてください。ただ、その声の言ってたことは、その時、自分にしっくり入っていったメッセージだったってことなんです。
遊牧シャーマンて、夢見が多かったらしいんだよね。
夢枕に立つみたいな形で、発揮していた人たちがいたらしい。
前世がそうだから、そんな体験をするのかもしれない。
これからSNS規制がかかることもあって、いつまでブログ書くかはわからないです。ココナラだけに、急に消されることもあるかもしれないし、有料ブログがなくなったので、なんかそんな深掘り話もできなくなってきたんだけどね…。
不思議なことは、声と呼吸の改善が進んだら、そのうち、あったかい人間性の人だけ集めて、セミナー?かなんかで話しましょうかね…。
その時はまたエンタメとして聞いてください。w
とりあえず、無事退院の報告です。