短編SF小説「酸素カフェ」

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酸素カフェ 
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俺は相沢幸助42歳独身。喫茶店の経営をやっている。子供は居ない。長年の少子高齢化の影響か、常連客の年齢は高めだ。ある日の夜、散歩に出た新宿で、廃棄される予定の最新型のアンドロイド、ハナを拾ってきたのだが……

ここでは序章と第2話をご紹介したいと思います。続きがお読みになりたい方は、是非ご購入下さい!

酸素カフェ
序章

 俺は喫茶店の店長である。四十二歳になるが、嫁さんはいない。従って子供もいない。このメガシティ東京では今時珍しくもない。喫茶店経営はボチボチ。長年の少子高齢化の影響か、常連客の年齢は高めだ。まあ俺だって出生率の低下に一役かっているわけだから文句は言うまい。

「店長~。何ブツブツ言ってるんですか?もう閉店の時間なんですけど」

 大川奈々の不服そうな声で我に帰った。彼女はうちでアルバイトをしている。少々口煩いが、きびきびとよく働く。最近は人手不足の解消と人件費削減のため、こういった仕事はアンドロイドを使うことが多い。だが俺には縁の無い話だ。

「よし、閉めるか。客もいないしな」

 今日の客入りは芳しくなかった。いつものことではある。俺は溜め息をついて、マンションの部屋の鍵を開けた。コンビニで買った弁当を電子レンジに放り込み、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、リビングに向かった。ソファーに腰を降ろして、テレビのスイッチをオンにする。ニュース映像が映っていた。首都高速で起きた玉突き事故だの、医療ミスによる訴訟だの、相変わらずだ。ビールを飲みながらレンジの弁当を取りに行き、戻ってくると「今日のトピックス」をやっていた。

 なんでも最近は新しいタイプのアンドロイドが出回っていて、そいつは植物の様に光合成でエネルギーを作り出して活動するらしい。昼間蓄えたエネルギーで夜間も活動出来る。太陽光と水と二酸化炭素さえ有れば活動出来るので、エネルギー補給の要らない新型アンドロイドとして期待されていた。

 だが問題が起きた。彼等は出荷前の工場で労働プログラムを注入されて出荷される。最初の内は良く働く。だがしばらくすると働かなくなる。彼等は自力でエネルギーを生み出せるため、そもそも労働して糧を得るという発想が無い。だから労働プログラムを注入する訳だが、ある時働く必要なんて無いのではないかということに気付くというのだ。そして持ち主の元から逃げる。回収してプログラムを再注入しても、やはり同じ道を辿るという。街では浮浪化した野良アンドロイドを見かける事もあるらしい。なんともおかしな世の中だ。

 その夜は珍しく夢を見た。夢の中で、俺は森の中に居た。名前は知らないが様々な植物が辺り一面に生い茂り、俺は驚きと共に深い安堵の中に居た。

「まだこんな森が残っていたのか」

と呟いたところで目が覚めた。


第二話 出会い

 明くる日の客入りはまあまあだった。夕方になって常連客の安達君枝がやって来た。

「もう、参っちゃうわよ」

そう言いながらドアを開けて入って来た。君枝は美容師である。旦那と二人で小さな美容室をやっていた。いつも夕方の休憩時間になるとコーヒーを飲みに来る。小柄だが目鼻立ちの派手な中々の美人だ。歳は五十歳位か。若い頃はもっと綺麗だっただろう。娘が一人いる。

「どうしたんですか」

「うちの娘の子供の髪の毛が伸びていたから、切ってあげようかって言ったら、『お母さんは下手くそだから嫌。もっとちゃんとした美容院で切ってもらうわ』って言うのよ。失礼しちゃうわ。せっかく綺麗にしてあげようと思ったのに。あ、ブレンドコーヒーお願いね」

「かしこまりました」

 君枝はカウンター席に腰を降ろし、ふうっと一息ついた。俺は何と答えて良いか少し考えて、当たり障りの無いことを言った。

「まあ、お嬢さんにはお嬢さんの考えがあるんじゃないですか?」

「そうかしらね。でも母親が美容師なのにそれを利用しないなんてねえ」

「そうですね。はい、ブレンドコーヒー」

娘がいるというのは一体どんな気持ちなのか。俺には想像も付かないことだった。

 夜、店を閉めてから憂さ晴らしに新宿まで歩いてみることにした。商店街の自販機でビールを買い、チビチビ飲みながら歩く。夏の蒸し暑い空気で、辺りが歪んで見えた。

 甲州街道に出れば新宿まで一本道だ。途中で仕事帰りのサラリーマンやOLとすれ違ったが、皆疲れ果てて覇気の無い顔をしていた。多分俺もそんな顔をしているのだろう。店に居るときは客に疲れた顔を見せる訳にはいかないため、仕事が終わると一日の疲労が一気に吹き出す様な気がする。たまには歩くのも良いだろう。空を見上げてみたが、どんよりと重たい空に星は見えなかった。

  新宿に到着し、さてどうしたものか、と街を彷徨いた。目的も無くネオンの輝く街をそぞろ歩くのが妙に心地よい。新宿御苑まで来るとネオンの明かりも途絶え、辺りは薄暗かった。唯一向かいのコンビニだけが青白い光を放っている。

 その光の陰に踞る人影があった。若い女の様だ。膝を抱えて座り込み、長い黒髪の頭を垂れていた。顔は見えない。レモンイエローのキャミソールにジーンズを履いている。俺はしばらく女を眺めていたが、一応コンビニの店員に告げておこうかと店内に入った。

 「外で若い女が座り込んでいるんですけど」

「ああ、アイツね。うちで使ってたアンドロイドなんだけど、働かなくなっちゃってね。一度メーカーに出したんだけど、しばらくするとまた駄目になってさ。故障品だよ。もう保証期間も過ぎてるし廃棄する予定さ」

廃棄……。故障品を捨てる、至極真っ当である。あるのだが――

「店長は居るかな?差し支えなければ、表のアンドロイド、俺が貰いたいんだけど」

咄嗟にそう答えていた。店員は表情を変えずに

「少々お待ち下さい」

と、電話をかけた。

「どうぞ」

と俺に端末を渡す。

「はい。私が店長ですが、何の御用でしょう?」

「表に置いてあるアンドロイドなんですけど、捨てるなら俺が貰っても良いかな?」

「ああ、構いませんよ。廃棄費用を払わなくて良いし、むしろ助かるよ」

「有り難う」


 俺は店を出てアンドロイドの横にしゃがみこんだ。

「おい、大丈夫か? 俺の言ってる事が分かるか?」

彼女は顔を上げて薄茶色の大きな目でまじまじと俺の顔を見つめた。女と言うより少女と言った方が良かった。白い肌が窓から漏れる電灯の青白い光を反射して、なお一層白く輝いて見えた。例の最新型アンドロイドに違いなかった。

「貴方は?」

「うん、今店の人と話したんだけどな、お前が廃棄処分になるっていうんで、俺が引き取る事にした」

「そう」

そう言ったきり、彼女ははまたうつむいた。

「名前くらい有るんだろう?」

「……ハナ」

「ハナちゃんか。俺は幸助。よろしくな。じゃあ行こうか」

ハナはゆるゆると立ち上がり、俺の後に続いた。

  リビングは気まずい空気で満ちていた。俺達は無言でソファーに座っていた。ハナを拾ったは良いものの、さりとてどうして良いやら分からなかった。ハナはアンドロイドだが、最新型だけあって驚くほど人間に似ていた。

「何か飲むか?コーヒーなら腐るほど有るぞ」

「水で良いです」

「水ね」

 俺は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注いだ。ついでに自分用にコーヒーを入れる。コーヒーメーカーにグァテマラ産の粉を入れると、キッチンに芳ばしい香りが充満した。グラスを持ってリビングに行き、テーブルの上に置く。

「どうぞ」

「ありがとう。頂きます」

「お前は光合成するんだろ?水を飲むだけで良いのか?」

「飲むか、お風呂に浸かるかして水分補給します。後は昼間陽に当たっていれば大丈夫です」

「ふーん。じゃあ取り敢えず風呂にでも入れ」


 ハナが風呂に入っている間に俺はコーヒーを飲みながら、どうしたものかと目を宙に泳がせた。ふと、部屋に飾ってある観葉植物に目が止まった。これだ。

「幸助さん」

ハナが素っ裸で立っていた。全身びしょ濡れで。

「おいっ!何やってるんだ」

「バスタオルが無かったので」

「あ、ああ、悪かった。忘れていたよ。待ってろ」

 細身の若々しいしなやかな身体を見て、俺の心臓は高鳴った。年甲斐もなくどぎまぎする心を気取られないようにして、バスタオルを渡した。何故焦る必要があるのか? 相手はアンドロイド、機械ではないか。だがそれでも

「タオルを出し忘れたのは悪かったが、若い娘が裸を晒すのは良くない」

と諭すように言った。ハナはキョトンとビー玉のような目を丸くした。

「何故です?」

「何故でもだ。人間の社会のお約束だ」

「私人間じゃありませんよ」

何と答えれば良いのか。誰か知っていたら教えて欲しい。

「とにかく、俺の前で裸になるな。」

「分かりました」



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