「愛」と聞いて、まず頭に思い浮かべるのは何でしょうか。
きっと、真っ先に思い浮かぶのは「人」のことではないでしょうか。
恋人を大切に想ったり、パートナーと寄り添ったり、わが子を慈しんだり。
「家族を愛している」「子どもを愛している」という言葉をよく耳にするように、私たちはどうしても「愛=対人」というイメージを強く持っていますよね。
もちろん、人に対して向ける愛は、とても尊くて自然なことです。
でも、もしも「愛の対象は人だけ」と思っているとしたら、それは少しもったいない誤解かもしれません。
愛の対象を、どうか人に限定しないでください。
本当は、愛というものにはもっともっと広い幅があって、実は私たちの身の回りにある、ありとあらゆるものに対して注ぐことができるんです。
例えば、毎朝淹れる一杯のコーヒーに心から癒やされているなら、それは「コーヒーを愛している」と言えます。
一文字ずつ丁寧に言葉を紡ぐ今の活動に情熱を注いでいるなら、僕は「書くことを愛している」と言えます。
ボロボロになっても手放せない、お気に入りの万年筆をずっと使い続けているなら、それは「文房具を愛している」ことになります。
休みの日に無心で庭の手入れをすることが習慣になっているなら、その人は「植物を愛している」のでしょう。
お気に入りのスニーカーを履いて、風を感じながら散歩するのが日課なら「散歩を愛している」と言えます。
週末になると決まってキャンプに出かけ、焚き火の炎をじっと見つめるのが好きなら「キャンプを愛している」と言えるはずです。
家で一緒に過ごしている小さな家族、うさぎや鳥たちを自分の子どものように可愛がっているなら、それは立派な「愛兎」「愛鳥」という愛情のカタチです。
私たちは、ついつい「愛」という言葉を大げさに捉えすぎて、誰か特定の相手がいないと成立しないものだと思い込んでしまいがちです。
でも、本当はもっと自由でいいんです。
あなたが夢中になっていること、大切に使い続けているもの、心地よいと感じる時間。
それらすべてに、あなたは「愛」を注いでいます。
対象が人であっても、モノであっても、あるいは目に見えない習慣であっても、あなたがそこに注いでいるエネルギーの正体は、間違いなく「愛」そのものなんです。
だから、もし今「愛する相手がいないな」なんて寂しく感じている人がいたら、自分の周りを少しだけ見渡してみてください。
あなたが毎日大切にしているその小さなこだわりや、手放せない宝物。
それらを「愛している」と認めてあげるだけで、心の中に温かい灯がともるような、そんな優しい気持ちになれるはずです。
愛のカタチは、人の数だけ、そしてモノの数だけ存在しています。
もっと肩の力を抜いて、身近なものへの「愛」を、たくさん見つけていきたいですね。