「いつも取引している相手だから大丈夫」
「メールやLINEで条件は決めているから、契約書までは必要ない」
「少額の仕事なので、わざわざ契約書を作る必要はない」
このような理由から、業務委託契約書を作成しないまま仕事を始めるケースがあります。
もちろん、契約書がなければ契約が成立しないとは限りません。契約は、原則として当事者の意思が合致することで成立します。
しかし、「契約が成立していること」と「契約内容を明確に証明できること」は別の問題です。
取引が順調に進んでいる間は、契約書がなくても問題を感じないかもしれません。
ところが、
「そこまでお願いしたつもりはない」
「その作業も料金に含まれていると思っていた」
「途中でやめたい」
「成果物は自由に使えると思っていた」
など、当事者の認識が食い違ったときに問題になります。
今回は、業務委託契約書を作成せずに仕事を始めた場合に起こりやすい7つのトラブルについて、行政書士が実務目線で解説します。
1.「どこまでが仕事なのか」で揉める
最初に起こりやすいのが、業務範囲をめぐるトラブルです。
例えば、Webサイト制作を30万円で依頼したとします。
発注者は、
「公開後の軽微な修正も当然含まれている」
と考えている一方、受注者は、
「納品までが30万円で、その後の修正は別料金」
と考えているかもしれません。
契約書で業務範囲が明確になっていなければ、
「これもやってください」
「それは契約に含まれていません」
という認識の違いが生じます。
特に、
・コンサルティング
・Web制作
・システム開発
・広告運用
・営業代行
・SNS運用
などは、業務範囲が広がりやすいため注意が必要です。
契約書では、単に「○○業務を委託する」とするだけでなく、
何を行うのか、どこまで行えば業務が完了するのか
を可能な限り明確にすることが重要です。
2.追加作業を頼まれたのに追加料金を請求できない
業務範囲と関連して多いのが、追加作業と追加料金の問題です。
例えば、当初は、
「バナーを5点制作する」
という話だったにもかかわらず、途中から、
「もう3点追加してください」
「サイズ違いもお願いします」
「文章も修正してください」
と依頼が増えていくケースです。
その都度、
「これくらいなら対応します」
と進めていると、最終的にかなりの追加作業になってしまうことがあります。
そして請求時に、
「追加分として5万円いただきます」
と伝えたところ、
「最初の料金に含まれていると思っていました」
となればトラブルになります。
そこで契約書では、
・当初の業務範囲
・追加業務の定義
・追加業務には別途料金が発生すること
・追加料金の決定方法
・追加業務を開始するための手続
などを定めておくことが考えられます。
「追加業務が発生したときに決めればいい」ではなく、追加業務が発生する可能性を最初から想定しておくことが重要です。
3.報酬を「いつ払うのか」で揉める
報酬額について合意していても、それだけで十分とは限りません。
例えば、
「報酬30万円」
という点では合意していたとしても、
発注者は、
「成果物を確認して問題がなければ支払う」
と考え、
受注者は、
「納品した時点で支払ってもらえる」
と考えているかもしれません。
また、
「月末締め翌月末払い」
なのか、
「納品後7日以内」
なのかによっても、受注者の資金繰りは変わります。
契約書では、
・報酬額
・消費税の取扱い
・請求時期
・支払期限
・支払方法
・振込手数料
・経費の負担
・検収と支払いの関係
などを整理しておくことが重要です。
特に成果物を伴う業務では、**「いつ報酬請求権が発生するのか」**を意識して契約条件を設計する必要があります。
4.突然キャンセルされたのに報酬が支払われない
業務委託では、
「来月からお願いする予定だった案件がなくなりました」
「クライアントの都合でプロジェクトが中止になりました」
など、発注者側の事情によって業務が中止されることがあります。
問題になるのは、受注者がすでに、
・スタッフを確保していた
・他の案件を断っていた
・材料を購入していた
・交通機関や宿泊施設を予約していた
・事前準備を進めていた
という場合です。
契約書に中止・キャンセル時の取扱いがなければ、
「仕事をしていないのだから報酬は発生しない」
という発注者と、
「準備していたのだから支払ってほしい」
という受注者で意見が対立する可能性があります。
そのため、
・いつまで中止できるのか
・中止時に既履行分をどう精算するのか
・準備に要した費用をどうするのか
・キャンセル料を設定するのか
などを事前に決めておくことが考えられます。
人員確保や事前準備が必要な業務ほど、中止・キャンセル時のルールは重要です。
5.契約をやめたいのに「やめ方」が決まっていない
契約開始時には、
「これから長く取引していきましょう」
という話をしていても、将来も同じ状況が続くとは限りません。
例えば、
・採算が合わなくなった
・業務内容が変わった
・相手方との関係が悪化した
・事業方針が変わった
・別の事業者へ切り替えたい
といった理由から契約を終了したくなることがあります。
しかし、契約書を作っていなければ、
「今日でやめます」
「いや、来月分まで対応してください」
といったトラブルにつながる可能性があります。
継続的な業務委託契約では、
・契約期間
・自動更新の有無
・更新拒絶の通知期限
・中途解約の可否
・何日前までに通知するのか
・解約時の報酬精算
・引継ぎの方法
などをあらかじめ決めておくことが重要です。
契約書を作成するときは、「どうやって取引を始めるか」だけでなく、「どうやって取引を終わらせるか」まで考える必要があります。
6.成果物の著作権をめぐって揉める
Webサイト、デザイン、写真、動画、文章、システムなどの制作を委託する場合には、著作権などの知的財産権も重要な問題です。
例えば、発注者が制作会社にWebサイトを制作してもらい、制作費を全額支払ったとします。
発注者としては、
「お金を払ったのだから、Webサイトは自由に使える」
と考えるかもしれません。
しかし、制作費を支払ったからといって、著作権が当然に発注者へ移転するわけではありません。
反対に受注者側でも、
「著作権を発注者へ移転する」
とだけ定めてしまうと、以前から使用しているテンプレート、プログラム、素材などまで移転対象になるのかが問題になることがあります。
そのため、
・著作権を誰に帰属させるのか
・権利を移転する場合はいつ移転するのか
・著作権法第27条・第28条の権利をどうするのか
・著作者人格権をどう扱うのか
・従前から保有している著作物等をどうするのか
・第三者の素材等をどう扱うのか
などを検討する必要があります。
成果物がある業務では、報酬・納期と同じくらい知的財産権の取扱いも重要な契約条件です。
7.トラブルが起きたとき「誰がどこまで責任を負うのか」が分からない
最後が、損害賠償などの責任範囲です。
例えば、受注者のミスによって発注者に損害が発生した場合、
「受注者はどこまで賠償するのか」
という問題があります。
受注者側であれば、数十万円の業務を受注したにもかかわらず、損害賠償責任に上限がなければ、受注額を大きく超えるリスクを負う可能性があります。
一方、発注者側では、
「損害賠償額は1か月分の委託料を上限とする」
といった条件では、重大な契約違反によって大きな損害が発生した場合に十分な補償を受けられない可能性があります。
そのため契約書では、
・どのような場合に損害賠償責任を負うのか
・賠償対象となる損害の範囲
・逸失利益等を含めるのか
・賠償額に上限を設けるのか
・故意や重過失の場合をどうするのか
などを検討します。
重要なのは、
「一般的な損害賠償条項を入れておけばよい」ということではなく、その取引で想定されるリスクに合わせて責任範囲を考えることです。
メールやLINEで条件を決めていれば契約書はいらない?
ここで、
「契約条件はメールやLINEに残っているから大丈夫では?」
と思う方もいるかもしれません。
確かに、メールやチャットのやり取りが、当事者間でどのような合意があったかを確認するための資料となることはあります。
しかし、
「報酬についてはメール」
「納期はLINE」
「業務内容は打合せ」
「修正回数は電話」
というように条件が分散していると、最終的に何が正式な契約内容なのか分かりにくくなります。
また、やり取りの途中で条件が変更されていれば、
「最初の条件と後の条件のどちらが最終合意なのか」
という問題も生じます。
契約書を作成するメリットの一つは、当事者が合意した取引条件を一つの文書に整理できることです。
「信頼している相手だから契約書はいらない」は本当?
長年付き合いのある取引先や知人から仕事を依頼された場合、
「相手を信用しているので契約書までは必要ない」
と考えることがあります。
しかし、契約書を作ることは、相手を信用していないという意味ではありません。
むしろ、
「お互いの認識を最初に合わせておく」
ためのものと考えることができます。
トラブルは、必ずしも相手が悪意を持っているから起きるわけではありません。
「当然こうだと思っていた」
という双方の認識の違いから発生することもあります。
信頼関係がある相手だからこそ、最初にルールを明確にしておくことが、その関係を長く続けることにつながる場合もあります。
業務委託契約書は「トラブルが起きた後」のためだけではない
契約書というと、
「裁判になったときに使うもの」
というイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかし、契約書の役割はそれだけではありません。
契約書を作成する過程で、
「追加業務はいくらにする?」
「途中で解約するときは?」
「成果物の権利は?」
「損害が発生したら?」
といった事項を当事者同士で確認することになります。
つまり、契約書作成そのものが、取引条件を整理し、認識のズレを事前に発見する作業でもあります。
トラブルが発生してから、
「そういう意味ではなかった」
と言い合うよりも、取引開始前に条件を明確にしておく方が、双方にとって安心して取引を進めやすくなります。
まとめ|業務委託契約書は「仕事を始める前」に整える
業務委託契約書を作らずに仕事を始めると、例えば次のような問題が起こる可能性があります。
① 業務範囲が分からない
② 追加作業の料金で揉める
③ 報酬・支払時期で揉める
④ 突然のキャンセル時の処理が決まっていない
⑤ 契約を終了する方法が分からない
⑥ 著作権など成果物の権利関係で揉める
⑦ 損害が発生した場合の責任範囲が分からない
契約書で重要なのは、難しい法律用語を並べることではありません。
「この取引では、どのような問題が起こる可能性があるのか」を考え、それが起きた場合のルールをあらかじめ決めておくことです。
そして、必要な契約内容は業務によって異なります。
コンサルティング、Web制作、システム開発、広告運用、営業代行などでは、それぞれ想定されるリスクも異なるため、同じ業務委託契約書のひな形ですべてに対応できるとは限りません。
当事務所では、単に一般的なひな形を作成するのではなく、実際の業務内容、取引条件、発注者・受注者どちらの立場なのか、ご希望などをヒアリングしたうえで、個別の取引に合わせた業務委託契約書を作成しています。
「これから新しい取引を始めるので契約書を作りたい」
「口約束で続けてきた取引を契約書にしたい」
「ネットや生成AIで作った契約書を使っているが、自社の取引に合わせたものを整えたい」
「取引条件が複雑になってきたので、一度契約関係を整理したい」
このような場合には、業務委託契約書を整えるタイミングかもしれません。
契約書は、トラブルが起きてから作るものではありません。
仕事を始める前に「もしものときのルール」を決めておくことが、安心して取引を続けるための第一歩です。