中学校の先生の思い出 その7

中学校の先生の思い出 その7

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コラム
澁谷健一先生(理科)
通称シブケン。
昭和41年、私が入学した年に宮崎中に赴任してきて野球部の顧問となり、シブケンと呼ばれるようになりました。並み居る個性的な教師の中でもシブケン先生のそれは群を抜き、数々の伝説的なエピソードを産みました。
日曜日の部活にはいつも原付バイクでやってきたもので、天気の良い日などはステテコにダボシャツという、まるで寅さんみたいないでたちで現れ、我々を指導したものでした。賀美石中との練習試合でも、やはりその格好でやってきて監督をし、相手チームをビビらせました。そのためかどうか、新人大会準優勝の強豪賀美石中を撃破し、以後我が野球部は連戦連勝の道を歩み始めることとなったのです。
いくら日曜日とはいえ、ステテコ姿で学校へ来るなんぞ、今どきそんなことしたら、怖ーいPTAの方々が眉を吊り上げて避難するのでしょうが、当時はそんなことどおってことないことで、まあ、のんびりとした時代だったのでしょう。
なお、当時の野球部の名誉のために言っておきますが、だからと言ってレベルが低かったなんてことは全くありません。練習の質、量、厳しさは、はっきり言って今の中学生のずっと上を行っていましたね。
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