分子シミュレーションによるドラッグディスカバリー

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Drug Discoveryは、マテリアルデザインの中で最も発展している領域の一つであり、基礎研究、国家プロジェクトから民間企業プロジェクトまで、その取り組みは多岐に渡ります。

今回は分子シミュレーションに着目したいと思います。

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図1:Drug Discoveryの流れ

分子シミュレーション

分子シミュレーションとは、分子の動きを再現できるコンピュータシミュレーションの総称です。ですので、実は、ドッキングシミュレーションというのは、分子シミュレーションの一つとなります。図1のように分子シミュレーションと分けているのは、分野としては適切ではありません。ここで指す“分子シミュレーション”は、“ドッキングシミュレーション以外の分子シミュレーション”として捉えて頂ければと思います。

分子シミュレーションは、大きく分けて以下の2つがあります:
■分子動力学(MD)シミュレーション:原子の動きを時々刻々と再現することで、分子の動きを再現できる手法
■ モンテカルロ(MC)シミュレーション:乱数を使ったシミュレーションで、分子の動きの確率分布を得ることができる手法

MCシミュレーションは、分子の静的な性質(結合自由エネルギー、結合構造、etc)を得ることができます。MDシミュレーションは、分子の静的および動的な性質(拡散係数、粘度、etc)も計算することが可能となります。

ドッキングシミュレーションとの違い

Drug Discoveryを考える上で、ドッキングシミュレーションと分子シミュレーションの違いを見ていきます。ドッキングシミュレーションは、「タンパク質と薬は構造的にくっつきやすいと良い」という仮説が根底にあります。これは、鍵と鍵穴のように、構造的にピッタリとハマるところがタンパク質と薬の関係であり(Lock-and-key assumption)、初期のドッキングシミュレーションは、図1上部のように、固定されたタンパク質に対して、薬を色々な方向から相互作用させ、ハマるところを探す方法(Rigid Body)が取られていました。
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図2:ドッキングシミュレーションの概念図と取りこぼされる現象

しかし、このような仮説に基づくシミュレーションは、以下の現象などがとりこぼされてしまいます:
■タンパク質と薬のゆらぎ(Fluctuations):タンパク質はアミノ酸で構成されており、そのアミノ酸はいくつもの原子で構成されています。また、薬も原子で構成されているため、本当であれば、大小様々なゆらぎを持って運動しています。
■タンパク質の構造変化(Structure Changes):タンパク質は、アミノ酸が連なったものが、折りたたまって立体構造を生み出しています。このような折りたたみ構造は、pHや温度、他の物質との相互作用によって変化することがあります。このような構造変化は、薬の効果に決定的な影響を与える可能性があります。
■水分子の役割(Water Molecules):我々の体の約7割は水で構成されているため、タンパク質のほとんどは、水分子に覆われながら機能を発現しています。一般的には、水の影響は外場として取り扱いますので(Implicit)、ドッキングシミュレーションにおいても考慮されています。ここでは、特定の水分子が、タンパク質のポケットに入って薬を邪魔する、タンパク質と薬の間を取り持って安定化させる、などの直接的な関わりを指します。

分子シミュレーションは、上記の現象を全て再現できます。しかし、ドッキングシミュレーションと比較すると、計算コストは高くなります。
最近のドッキングシミュレーションの中では、上記の現象が再現できるスキームもありますが、必然的に計算コストは分子シミュレーションに近づきます。

計算コストと目的のバランス

以上のように、ドッキングシミュレーションと分子シミュレーションには、トレードオフな特徴があるため、“目的にあったシミュレーション法の選定”が大切です。“目的にあったシミュレーション法の選定”は、以下のプロセスで達成されます:
1. 目的の中で、ドッキングシミュレーションでは行えない部分を見つけ、その部分を分子シミュレーションで行う。
2. それ以外は計算コストの低いドッキングシミュレーションで行う
この2つを分類するためには、シミュレーション、分子生物学、生物物理学、統計力学に精通している必要があるので、Drug Discoveryを行うためには、チームにこのようなプロジェクトデザインを行える専門家が必要となります。

分子シミュレーションを専門とする研究機関
前回の“研究編1 ドッキングシミュレーション”と同様,分子シミュレーションを専門とする国内外の研究機関を挙げてみます
※こちらも随時増減致しますが,ご了承ください:
国内
岡崎進 研究室(名古屋大)
泰岡顕治 研究室(慶應大)
森田明弘 研究室(東北大)
鷲津仁志 研究室(兵庫県立大)
杉田有治 理論分子科学研究室(理研)
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