相談したのに傷ついた経験がある人へ:役に立つサポートと役に立たないサポートの違いとは?

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「頑張れ」と言われて余計に傷ついた話


職場でひどいことがあった日、帰り道に友人に電話した。

「聞いてもらえる?」と言った。聞いてもらった。話し終わったとき、友人はこう言った。

「でも、お前ならきっと乗り越えられるよ。前を向いて」

なんだか、泣けた。

電話を切ってから、なぜか一人で泣いた。嬉しかったわけじゃない。自分でもよくわからなかった。でも、何かが違った。

「友人の言葉が悪かった」とは思っていない。むしろ、励ましてくれた。善意だった。それはわかっている。

ただ、何か違かった。

これ、経験したことのある人、多いんじゃないかと思う。

仕事がしんどい時、家族に相談したら「そんなことで」と言われた。体を壊したとき「気のせいじゃない?」と言われた。休職することを話したら「でも、復帰すれば大丈夫でしょ」と返ってきた。

相談した相手が悪かったわけじゃない。悪意があったわけでもない。でも、なんか違かった。そしてそのあと、ちょっと相談しにくくなった。

なぜそうなるのか。

リエさん(40代・主婦)の話をする。彼女は数年前に、10年連れ添ったパートナーを突然亡くした。

周囲はいろいろなことを言った。「時間が経てば癒える」「彼も天国で喜んでいるよ」「あなたにはまだこれからがある」。

「みんな、心配してくれているのはわかるんです。でも、聞けば聞くほど一人になっていく感じがした」と、リエさんは言っていた。

逆に、「助かった」と感じた言葉があった。

「どんな気持ちか、言葉にするのも難しいよね」

それだけだった。

解決策も、慰めも、励ましも、何もなかった。でも、「わかってもらえた」という感覚があった、とリエさんは言っていた。

第1章:「役に立つ」つもりのサポートが、なぜ裏目に出るのか


つらい話をされたとき、人は自然に「なんとかしてあげたい」と思う。

だから、解決策を言う。励ます。「もっとひどい人もいる」と言って相対化する。「でも、あなたは恵まれている方だよ」と言う。「きっと大丈夫」と言う。

これ、全部、善意からきている。間違いじゃない。

でも、これが逆効果になる構造が、ある。

話す側が「受け止めてほしい」と思っているとき、相手が「解決しようとしている」と、何かがすれ違う。「気持ちをわかってほしかったのに、問題として扱われた」という感覚になる。

逆に、「前を向いて」という言葉は、「今ここで感じている辛さを早く終わらせろ」という意味にも聞こえてしまうことがある。本人はそんなつもりじゃないのだけど。

これは意外と根深い問題で、自分一人では気づきにくい。

なぜかというと、助言する側も「良いことをしている」という感覚でいるからだ。悪意がないから、フィードバックが来にくい。そして傷ついた側も、「助けようとしてくれたのに傷ついた」ことを責められない。だから言えない。

間違ったフォームで素振りをしても、間違いと気づかないのと似ている。

ただ、そのフォームが何かを、ここで全部説明するのは難しい。自分自身の「やってしまいやすい反応のパターン」は、外から見ないとわからないことが多い。

僕自身、しんどかった時期、何年も一人で抱えていた。製造業に入って10年ほど、体重が10キロ近く落ちて、夜はお粥しか食べられない日が1年近く続いた。胃腸がおかしくなって、通院しても良くならなくて、通うのをやめた。

「大丈夫?」と聞かれると、「大丈夫」と言い続けた。

何かが違う、と思っていたけど、誰かに言うという発想が薄かった。「言っても変わらない」か「心配をかけてしまう」かのどちらかで、言葉が出なかった。

だから、言えない気持ちはよくわかる。

じゃあどうすればよかったのか。

「正しい聞き方」を教えます、というのはこの記事ではやめておく。それは、一言で説明できる話じゃないし、ここで書ければこの先が要らなくなってしまう。

ただ、「何かが違う」という感覚が正しい場合が多い、とだけ言っておく。

第2章:「伝わった」と感じた人たちの話


コウタさん(30代・会社員)は、うつ状態で休職したとき、上司に「まずゆっくり休んでください。仕事のことは考えなくていいです」と言われた。

「それだけで、泣きそうになった」とコウタさんは言っていた。

「解決されたわけじゃないし、仕事の問題が消えたわけでもない。でも、あの言葉がなかったら、復帰まで3か月長かったかもしれない」とも。

実際、復帰したのは6か月後だったが、「その後はほぼ再発なしで3年経った」と言っていた。以前は月1〜2回体調不良で欠勤していたが、今はほぼゼロになったという。

ただ、コウタさんは「なぜ上司があの言葉を言えたのか、未だによくわからない」と言っていた。「普通の人なら、何かアドバイスしようとするじゃないですか」と。

ミホコさん(50代・パート)は、娘との関係が長年うまくいっていなかった。娘が何か悩みを話しかけてきても、つい「でも、それはこうすればいい」と言い返してしまっていた。

あるとき、何かが変わった。「とりあえず全部聞こうとしてみた」と言っていた。解決策を言いたい衝動を、とりあえず横に置いた。

3か月後、娘から「最近、お母さんと話しやすくなった」と言われた。

ミホコさん自身は「自分が何を変えたのか、うまく説明できない」と言っていた。ただ、「何か、自分のパターンが見えた気がした」とも。

ここに出てくる人たちは、「技術を学んだ」より、「自分のパターンに気づいた」のほうが近い感じがする。それが何だったかは、人によって全然違う。だから、一般的な「正解」を書くことが難しい。

「自分はどういうときに"やってしまう"のか」——これは、自分一人で見つけるには時間がかかることが多い。

第3章:「正しいこと」を言い続けても、何も変わらない理由


「相手のためになることを言おうとしている」のに、傷ついた側は「わかってもらえなかった」と感じる。

このすれ違い、何が起きているのか。

一つ、構造を見せると。

「役に立とうとする→解決策や励ましを言う→相手が求めていたものと違う→相手が閉じる→より話しにくくなる→余計に解決しようとする」

このループ、覚えはないだろうか。

「もっとちゃんとやれば変わる」とは言いにくい。なぜなら、「ちゃんとやっている」感覚のまま、ループが続くことがほとんどだから。

もう少し根本的な話をすると、「自分がやっていること」を自分で観察するのは難しい。「ガラスを汚れた布で拭く」みたいな話で、拭けば拭くほど汚れが広がっているのに、「ちゃんと拭いている」という感覚は変わらない。

自分のパターンを外から見るために、何かが必要になる。

僕自身、5年ほど、一人でぐるぐるしていた時期がある。本を読んで「わかった」と思ってもまた戻る。お金も時間もかけた。半年後には同じところにいた。それが続いた。

一人で動いていると、同じパターンをより深くなぞってしまうことがある。

これを読んでいる人が、「聞いてもらえた」という感覚を誰かに持ってほしい、と思ってこのサービスをやっている。

正直に言うと、全員にうまくいったわけでもない。「なんか合わなかった」と感じた人もいた。それは今も申し訳ないと思っている。

でも、50分、話してみるだけで「自分が今どこにいるのか」が少し見えることはある。一緒に話しながら整理する、そのくらいのことはできると思っている。

この記事を最後まで読んでいて、何かが引っかかっていたなら——

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一人で抱えている時間は、思っているより長くなる。僕は5年かかった。そのうち何年かは、向きが違っていた。

おわりに


「頑張れ」と言われて傷ついた経験は、相手が悪かったわけじゃない。善意だったことはわかっている。

でも、何かが違かった。

その「違い」は、本物だったと思う。あなたが敏感すぎるとか、感謝が足りないとか、そういうことじゃない。求めていたものと、渡されたものが、違った。それだけだ。

この記事を最後まで読んで何か引っかかるものがあったなら、それはたぶん、本当のことだからだと思う。

🙋 このブログを書いている人について
だいき|産業カウンセラー・キャリアコンサルタント
会社員時代、職場の人間関係でメンタルが限界に。「このままではまずい」と一念発起し、コミュニケーションを学び直した経験が、産業カウンセラー・キャリアコンサルタントの資格取得につながりました。
恋愛・婚活でも7年間で88人とデートを重ねながら、うまくいかない時期が長く続きました。その苦しさを知っているからこそ、脳科学・進化心理学・愛着理論といった知識を「自分ごと」として学び続けてきました。
キャリアブレイクコミュニティでは160回以上のワークショップを主催。さまざまな悩みや状況を持つ方と向き合い続けてきた経験が、相談の土台になっています。
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