昨日ご紹介した肩甲骨に両手をあてるケア。
これは、プラスアルファとして、受け手側の人は手をあててもらいながら、両腕、両肩を自由自在に動かすのも楽しいですよ。
もしもそれをやる時はどうぞ立ってやってください。
肩甲骨やその周辺の関節や筋肉のほぐれる感じを味わえて、心身の疲れを芯から把握する機会ともなったりします。
動かしたいだけ肩や腕を動かしてから→まだ手をあててもらったままでじっと感じを味わい→更に手をそっと離してもらってからもその後の感覚をじっと味わい続ける。
これまでに多くの方がこのケアをやって述べられたことは、いつ手が離れたのか分からない位に肩甲骨の辺りがずっと温かい。いつ手を離すのかとじっと待っていたら実はもう手はそこには無かった。寧ろ手を離してもらってからの方が温かさが段々と増してゆくよう。
それに、あてている手が冷たいかどうかは意外にも余り気にならないようで、本当に想定外の心地好さをお互いに味わえるのです。
例えば疲れていたり忙しすぎたりで声が甲高く上ずっているような時に、こんなことで響きのある深い声に戻ったり、声枯れが治ったりすることもあります。
声は呼吸そのものですから、呼吸が整い始めたことのバロメーターになりますね。
このようなケアを行う場合、お一人が本当にご病気であるとかの事情が無い限り、お互い交互にやるようにしてください。
人って、他人には親切な積もりで余計な情報を結構ズケズケ言ってしまってることがあります。
この肩甲骨のケアですと、手をあてる役割の人が診断の真似ごとを始めてしまったりすることはよくあります。
「うわっ、硬い!」とか、「めちゃくちゃ凝ってるねぇ~、大丈夫?」とか。
これ、実は超個人的な体の事情なので、あんまりはっきり指摘されると、分かっていても感覚を閉ざしてしまったりと、そういったことが起こってしまいます。
呼吸を本来の豊かさへと導く積もりが、知らない内に機嫌を損ねて開きかけた感覚まで元に戻ってしまうのです。
首や肩の凝りの深い芯の部分のような、普段気に掛けてあげられていなかった自分に自分が気付いてゆく、それがケアなので、補助役の人はそれを邪魔しないように静かに優しく寄り添ってあげることが肝心です。それで、本人から状態に関しての質問があれば、感じたことをシンプルに答えてあげるのが良いと思います。
お互い交互にやる大切さとは、そうすることでここで注意したような所謂上から目線のアドバイスもどきをやらなくて済むという意味です。
さて、これだけシンプルに、それでいて丁寧に、入念に肩甲骨を通して呼吸のケアを試みましたが、このまま更に、肩甲骨を介しての、より具体的なケアへと入ってゆきましょう。
街の通りの看板に見るような “肩甲骨はがし” とかでは無いですよ。
呼吸に寄り添うのです。
そして、本当に肩が、呼吸が寂しがっていたならば、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ具体的に、エールを送ってみることも可能な、そんなケアを明日はご紹介します。
30回の内容が参考になります。
つづく