「意図する」について

「意図する」について

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コラム
引き寄せの法則を学んでいる時に出てきた「意図する」という言葉。
図らずも先日キルケゴールの「死に至る病」を学ぶ中でも、同じ言葉が出てきた。
以前は正直、その言葉の意味がよくわからず、願望をかなえた自分として生きるとか、望みがすでに成就されているという前提で、とかも、あまりピンときていなかった。そういうもんかねぇ、くらいな。

ただ今日、2人の方から同時に、改めて自分がどう在りたいかについて考えるきっかけを頂いて、書き出してみていたところ、2つの項目で既にその願望は叶う道程に入っている事を実感した。
それはあらゆるヒントというチャンスを受け入れて、行動した事によって形になっているものだった。
つまり自分がそう決めた事、自分がこう在りたいと思い、そのようにした事で、自分の世界はそうなったのだ。
特に「願望は既にかなえられている!」とか強く意識して臨んだとかではないが、エゴより自分の本質の声を聴く事が出来たという実感はある。
ちなみに自分がどう在りたいかについて書き出すのは、もう何度目かわからないくらいやっている。
最初の頃はお金がいくら欲しいとかが最初に来ていたし、不安や恐怖を元にした願望だらけだった記憶がある。
そこから内観を重ねて、たくさん迷ってたくさんもがいて、学びとチャンスを頂いてこの実感に至った。
ちなみにその2つの項目とは、自分の身体を丁寧に扱う事を怠らず時間とお金をかけて労わりメンテナンスする事と、人の気付きに立ち合い共に幸せになれる仕事をする事だ。

最初にそういった学びを得た頃の思いは、ほとんど変身願望と言っていいものだったと思う。
ある日突然新しい自分にバーンとなって、ドーンしてボーンみたいなw
そうなる人もいるのかもしれないけど、少なくとも自分の経てきた道は自分に必要なたくさんの気付きと学びに満ちたもので、子供の成長のように、日進月歩で培われたものだった。
もちろんまだまだ学び足りないし、もっともっと進んでいける気しかしていないが、ここで現在地を確認させてもらえた事は自分にとって素晴らしい成功体験と言えるし、大きく自信になるものだと言える。

そういうわけで、「意図する」というのは、自分がそう決めて行動する、という事だと解釈している。
よくわかんないながらも、良きメンターを得てひたすらトライすれば身につくものらしい。
引き寄せもスポーツや楽器と同じで、技術だったみたい。
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