伝言ゲームを疑ってみようのコーナー

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コラム
一つ前の記事で、同じ言葉を違う意味合いで使った。
「死に至る病」の中にも、同じ言葉がびっくりするくらい違う意味で使われていて、読み手の読解力が問われるなぁと感じた(自分はガイドなしで読み解ける気がしなかった)。

そもそも言葉や文字というのはとっても曖昧なもので、文脈や意図によっていくらでも形を変える。
それはなにも難解な書に限らず、普段使われている言葉でも同じだ。
パッと思いつく身近なもので言えば、「大丈夫」・「すみません&ごめんなさい」とかだ。
まだ音声のニュアンスがある口頭の方が齟齬は少ないが、文字になるとそれはより起きやすくなる。

さらにそういう方向のみならず、字面通りに受け取る場合と含まれたものまで拾う場合で意味が変わってくるものもある。
「習うより慣れろ」という言葉だが、これを言葉通りに受け取ると「習わなくてよい」と曲解することも出来る。
本来の意味としては、習うばかりで頭でっかちになって実践・行動しないことへの警鐘であると理解していて、その道の先人の積んできたものを教えてもらうのは、習得の確実な近道となることを疑う人はいないだろう。
上記の例に限らず、簡潔にまとめられた言葉は、その意味を理解するのにも知識や経験を要する場合がままある。

そしてたまたま調べていた言葉だが「貧すれば鈍する」という言葉は、論語の「小人窮すれば斯に濫す」が元になっている説があるそうだが、それを調べた時に「窮すれば通ず」というのも出てきて、これは易経に由来するとか。
なんなら組み合わさって「貧すれば鈍する 鈍すれば窮す 窮すれば通ず」なんてのも出てきた。
言葉として意味は通ってるけど、易経での文脈を知りたいなぁと思って調べてみたら、なんてことはない、易への賛辞として「困窮しても通じるすごいものだよ」って言ってるだけだった。
まぁこのケースのように元と意味合いが違っていようがそれを受け取る人の人生にプラスになるのであれば、そんなことはどうでもいい話なのだが。

偉人の名言や宗教の聖句などを、インスタントに切り取られた字面だけで判断して、本質から離れた行動をしないよう、精査していきたいものだ。
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