雑念が雑念であるという事を自覚したいねって話(恋愛バージョン)

雑念が雑念であるという事を自覚したいねって話(恋愛バージョン)

記事
コラム
先日二つの革命について記事にした。
両方とも、自分の価値観だと思っていたものが、実は世間一般の常識をなぞっているだけのものであるという発見だった。
他人の目線を気にして、他人に否定されない事、他人に褒められる事を自分の判断基準にしていた。
もちろんこの社会の常識の中で生まれ育っているので全く影響を受けない事は難しいが、自分から出てくるものとそこを切り分けようとする試みは、常に持っておきたいものである。

そして改めて、では自分の好みの女性というものはどんな人だろう?と考えた。
しかしいくら考えても一般常識側のものしか出てこない。
そこではたと気付いたのは、好きなタイプなんてものは、幻想に過ぎないのではないかという事だった。
ここで幻想という言い方をしているのは、自分の中にひっかかっているものに起因していると思われるのでそう表現している。
それは幼少期の体験であったり、何か他のものへの感情の変換だったり、もっと深い因縁のものであったり、という、相手を好きとかではない、余計なものたちだ。(「好き」の定義とかは一旦おいておく)
ましてやそれが学歴・地位・金銭などであるなら、その人の価値でもなんでもないものなので論外だし、それを理由にするのはあまりに不安に支配されすぎている。
容姿に関してはまだ自分の中で答えが出ていないが、あまり偏ったものは幻想の側に寄るものであるとは思う。

では何を頼ればよいのか
直感・フィーリングだ。
よく運命的な出会いをした人が「ビビッときた」的な事を言っている話があるが、そこまでわかりやすいものではなくても、「なんとなくだけどそうかも」みたいな直感があるものだと思う。
自分も恋愛ではないが人生の節目で明らかな「流れ」を何度か感じた事があって、これは自分の思考とか関係なく、何かわからない流れでそうなるべくしてなるものなんだ、と感じていた。

まさに「Don't think, feel」である
余計な雑念に囚われていると本当に大切なものが見えなくなってしまう。

というわけで、なんとなくふとした時に彼女欲しいな~と思ったり、寂しくなったりするわけなのだが、それも自分にとって必要な期間であって、与えられた時間であるととらえて、変に焦ったり不安になったりせず、やりたい事をどんどんやっていく中で自分の感覚をしっかり使ってサインをキャッチしていきたいな、と思った次第であります。
そして今までみたいな他人本意の関係性ではなく、自分本位で依存的ではない関係性を心掛けたいものだ。
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