孤独と向き合える時が来た

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夕飯を食べて、ふうーと一息ついてスマホを…はいデジタルデトックス中です。スマホでなんにもやる事ありません。
昨日積年の悩みには一定の結論が出たし、考えるテーマもあんまり思いつかないし、仕方ないから瞑想でもするかねと思い、座って呼吸に意識を集中していた。
そうしたら急激に「他者と繋がりたい・寂しい」の気持ちが上がってきた。
それはもう、渇望。まさに渇き、飢え。
キタキタキターとそれをくらってみる。
なぜ他者と繋がりたいのか、なぜ寂しいのか。
しばらく考えたけどモヤモヤするばかりで何も出てこない。
仕方ないのでお風呂に入って散歩に出かけた。
散歩に出てすぐ、あっ…と思い至った。
単に孤独に慣れていないのだ。
ここで自分の言う孤独の定義は、他者との関わりを一切せず、自分とだけ向き合う時間のこと。
今までそういう寂しさや飢えを感じたら、すぐ何かで紛らわしていたので、まともに向き合った経験が乏しいのだ。
逆に言えば常に他者との関わりの中で生きてきている(一人でする気晴らしも含めて)ので、それが当たり前=そうでない状態はとても居心地が悪いのだ。
何かが上手くいかない時に、内観をしてあぶりだされたものを解消する、という作業はここ数年繰り返してはいたが、孤独そのものと相対するという経験はなかった。
逆に言えば、その内観の時期を経て自分と向き合う事で前に進める事を知ったからこそ、やっと孤独と向き合う準備が出来たのだろう。
やっときたこの段階を、味わいつくそう。
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