人によって色々な働き方がありますが、現在の私はというと「本業として会社員、空いた時間で副業のココナラ」という二足のわらじで活動させてもらっています。
そして、どちらからも労働の対価として給与を頂いています。
本業であろうが、副業であろうが、給与は給与。お金はお金。
1円の価値は1円しかなく、それ以上でも以下でもありません。
なのでどちらから振り込まれたものであっても額面通りの価値しかないのですが、それを理解してなお、感じることがあります。
というわけで今回は”付加価値”というテーマのお話。
もともと私はいわゆる普通の会社員として働いています。
労働時間がすこし変則的だったり最近はリモートワークも多く、「9時5時」
という感じではありませんが、それでも一応は会社員。
当たり前のように寝て起きて、準備をして出勤し、業務をこなし帰宅する……というルーティンで生活しています。
派遣切りやコロナショックなどが取りざたされている現状では「当然のように仕事がある」というのはありがたい話なのですが、それが当たり前になってくると、どうしても自分の中で価値が薄れてきてしまう所があります。
なので労働の対価として支払われる給与も当たり前。
残業・休日出勤で多少の増減はあれど、毎月○日に各種税金が天引きされたあとの分が振り込まれています。
そしてこの先も、会社の経営が傾いたり事業の縮小などがなければ、毎月同じように支払われることに。
前述したようにそれ自体はとてもありがたいのですが、それでもなお「当たり前のお金」という印象がくっついてしまうのですよね。
そんな中で始めたココナラでは、最初はまったく上手くいきませんでした。
今になって思えばその期間は参入障壁を乗り越える時間だったのでしょうが、我ながら飽きっぽいのによく続けられたなと思います。
もちろん今の自分があるのは周囲の方の支えがあってこそなのですが、多分最初の頃は本業より頑張ってたと思う。
業務をこなしているときや食事しているときでも、頭では「どうすれば良いかな」「昨日の反省点は…」とか考えていましたからね(ノ∀`)
今でもやっぱり上手くいかないことはあるし、正直に言えば
「せっかくお電話してもらったのに申し訳ない…!」
「あのときなんて言えば良かったのかなあ…」
「こういうとこが自分のアカンとこやなあ」
など、しょっちゅう”一人反省会”を開催しています。
けれど、そうやってジタバタしながら得た”労働の対価”は、やはり有り難いものです。
月のトータルで言えばもちろん本業には及びませんが、それでも嬉しい。
当たり前のように入ってくる本業の対価と、落ち込んだり喜んだりしながら得た副業の対価では、たとえ額が少なくとも後者のほうがよっぽど価値がある。
まるで学生時代の夏休みに初めてバイトしたときのように。
副業で得たお金に対しては、そのような「思い入れという付加価値」が付随しているのですよね。
そうやって得たお金で何かを買うこともあるのですが、そうしたモノを手に取るたび、「これはあのとき得た対価で買ったもの」という感情が想起されたりします。
普段あまりモノに対して執着しない方なのですが、私にしては珍しく大事に扱っているのも、こうした付加価値が付与されているからです。
最近の学者さんたちが提唱するものに『感謝しながらお金を使うと、その幸福感が持続する』という説がありますが、私は今まさにその状態なのかもしれません。
私のように副業に力を入れずとも、そのエネルギーを本業に注ぎ込み邁進していくのも全然アリだと思います。
ですので「副業いいよね!」ということではなく、「どうやって手に入れたか」に思いを馳せるのも大事だよね、というお話でした。