周りの人には優しくできるのに、なぜ自分にだけこんなに厳しくしてしまうんだろう?

周りの人には優しくできるのに、なぜ自分にだけこんなに厳しくしてしまうんだろう?

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コラム
周りの人のことは、大切にできる。

困っている人がいたら放っておけない。
頼まれたら、できるだけ応えたい。
誰かがつらそうだったら、話を聞いてあげたい。

なのに、自分のことになると、

「これくらい我慢しないと」
「もっと頑張らないと」
「自分より大変な人はいるから」

そうやって、いつも後回しにしてしまう。

そんなことはありませんか?

僕は、周りの人を大切にすることも、誰かの役に立つことも、とても素敵なことだと思っています。

でも、それと同じくらい、

「自分を大切にすること」

も大事だと思っています。

本当は疲れているのに、頑張る。

本当は嫌なのに、「大丈夫です」と答える。

本当は休みたいのに、「こんなことで休んだらダメ」と自分に言い聞かせる。

誰かが同じことをしていたら、

「無理しなくていいよ」
「少し休んだら?」
「そんなに頑張らなくても大丈夫だよ」

と言えるのに、自分にはなかなか言えない。

優しい人ほど、こういうことがあるように感じます。

そして、自分を優先しようとすると、

「わがままじゃないかな」
「自己中だと思われないかな」
「迷惑をかけないかな」

と不安になる。

でも、自分を大切にすることと、誰かを大切にしないことは、まったく別です。

自分を犠牲にし続けなくても、人には優しくできます。

むしろ、自分の心や身体に少し余裕があるからこそ、無理のない形で人に優しくできることもあります。

なので、ときどき、

「誰かのために何ができるだろう?」

だけではなく、

「今の僕は、何をしてほしいんだろう?」

と、自分にも聞いてみてほしいんです。

疲れているなら休む。

今日は頑張れないと思ったら、少し力を抜く。

嫌なことには「嫌だ」と感じていい。

食べたいものを選ぶ。

会いたい人に会う。

一人になりたければ、一人になる。

そんな小さな選択も、立派な「自分を大切にすること」だと思います。

ただ、ずっと周りを優先してきた人ほど、

「自分がどうしたいのかわからない」

ということがあります。

「何が嫌なの?」
「本当はどうしたい?」
「何をしたら楽になる?」

そう聞かれても、答えが出てこない。

それくらい長い間、自分より周りの気持ちを先に考えてきたのかもしれません。

そんなとき、無理に一人で答えを出さなくてもいいと思っています。

誰かに話しながら、

「本当は嫌だったのかもしれない」
「本当はずっと疲れていたのかもしれない」
「僕はこうしたかったのかもしれない」

と気づくこともあります。

僕自身、人と話す時間で大切にしているのは、すぐに正解を出すことではありません。

「こうしたほうがいい」と決めつけることでもありません。

話している人自身が、自分の気持ちに気づいていくこと。

言葉にならなかったものが、少しずつ言葉になっていくこと。

そして最後に、

「じゃあ、僕はどうしたいんだろう?」

と、自分の気持ちに戻ってこられること。

そんな時間を大切にしています。

もし今、

「ちょっと疲れたな」
「誰かに聞いてほしいな」
「自分がどうしたいのかわからないな」

と思っているなら、その感覚を無視しなくても大丈夫です。

すぐに答えを出さなくてもいい。

何かを決断しなくてもいい。

まずは、自分の気持ちを言葉にしてみる。

それだけで見えてくるものもあります。

周りの人を大切にしてきたみなさんへ。

これからはぜひ、

「大切にする人」の中に、

みなさん自身のことも入れてあげてくださいね。
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