人に合わせすぎて、疲れてしまうことはありませんか?
本当は少し嫌だったのに、
「大丈夫だよ」と笑ってしまう。
疲れているのに、
相手が楽しそうだから、もう少し付き合ってしまう。
ちょっと傷ついたのに、
「悪気はなかったんだろうな」と、自分の気持ちより相手の事情を先に考えてしまう。
そして家に帰って一人になった瞬間、どっと疲れる。
「また合わせすぎちゃったな」
「もっと自分の気持ちを言えたらいいのに」
「なんで私は、こんなに人に気を遣うんだろう」
そんなふうに、自分を責めてしまう人もいると思います。
もちろん、人に合わせすぎることや、笑顔を作り続けることは疲れます。
ずっと続けていたら、自分の本当の気持ちがわからなくなることもあります。
なので、無理をしてまで周りに合わせる必要はありません。
でも僕は、それだけで終わらせたくないんです。
なぜなら、その「合わせてしまう自分」に救われた人も、きっといると思うからです。
皆さんが笑顔でいてくれたことで、その場が少し穏やかになったこと。
誰かがイライラしているときに、皆さんが感情をぶつけ返さなかったことで、大きな喧嘩にならなかったこと。
誰かが緊張しているときに、皆さんが優しく話しかけたことで、その人がホッとできたこと。
きっと、たくさんあったと思います。
自分の感情をそのまま周りにぶつけたり、不機嫌を隠そうともせず、周りに気を遣わせたり。
皆さんは、そんなことをしたくなかったのではないでしょうか。
「できれば相手には嫌な思いをしてほしくない」
「この場が穏やかであってほしい」
そんな気持ちがあったからこそ、周りを見て、考えて、合わせてきたのかもしれません。
だったら、その自分を全部否定しなくてもいいと思うんです。
ここで一度、自分のことではなく、他人のこととして考えてみてください。
いつも周りに気を配っている人がいたとします。
人の気持ちを考えて、
場の空気を見て、
できるだけ誰かが嫌な思いをしないようにしている。
でも、その人は家に帰ると一人でぐったりしている。
そんな人を見たら、なんて声をかけたくなるでしょうか。
僕だったら、
「優しい人だな」
「大切にしたいな」
と思います。
そして同時に、
「そんなに無理しなくていいよ」
とも伝えたくなります。
たぶん皆さんも、その人に、
「もっとちゃんとしなよ」
「気を遣いすぎる自分を直しなよ」
とは言わないと思うんです。
だったら、自分にも同じように接してみてもいいのではないでしょうか。
「今まで周りを大切にしてきたんだね」
「たくさん気を遣ってきたんだね」
「でも、もう少し自分のことも大切にしていいよ」
それくらいでいいと思います。
僕は普段、いろいろな方のお話を聴かせていただいています。
そこで感じるのは、すぐに答えが必要なわけではない人も、とても多いということです。
アドバイスが欲しいわけでもない。
「こうしたほうがいい」と言われたいわけでもない。
ただ、
「本当は嫌だった」
「本当は寂しかった」
「本当はしんどかった」
そんな気持ちを、誰にも気を遣わずに話してみたい。
それだけで、自分でも気づいていなかった本音が少しずつ見えてくることがあります。
普段、人に合わせることが多い人ほど、自分のことを話す時間が少なくなりがちです。
誰かの話を聴く側ではなく、
誰かを安心させる側でもなく、
自分が話す側になっていい時間があってもいい。
人に優しくできることは、素敵な力です。
その優しさをなくさなくても大丈夫です。
ただ、その優しさを100%周りに使ってしまうのではなく、その中の少しだけでも自分に戻してあげる。
「大切にしたいな。でも、無理しないでほしいな」
誰かにそう思える皆さんなら、
その言葉を、自分にも向けてあげてください。
自分もまた、大切にしていい一人です。