この数日、初めましての人と話す機会が複数あった。
すごく楽しくて、また話したいな!と思う時間があったり、
その場では盛り上がったけれど、また時間を設けたくはないと感じたり、
あるいは、あまりに無言だったので会話を広げようと頑張ったけれど、相手が受け身すぎて疲れた、、と振り返った時間もあって。
興味深かったのは、
後から振り返るまで、
自分の感じた本音に気づいていないケースが多かったこと。
なんだか盛り上がった風なときは、
「楽しかったのかも」としばしば錯覚していた。
逆に、本当に楽しかったときは
心と体が前のめりに反応していて、全然違って
相手のエネルギーにも感動したり、圧倒されていたり。
あるいは、あまりにも居るだけでも厳しいときには
痛みが出ることもあったり。
閾値を超えたら、助けを求める行動をしたり。
助けてもらえる経験をしたり。
そして、私はどういうところを見ているのかなと整理をすると
行動の裏側にある、
その人の姿勢を見ているんだな、とわかってきた。
例えば、
こちらが場を温めることを当然のように任せてきたり、
「あなた誰?」状態なのに、はいどうぞ!とびっくりするような受け身で接されたり。
まさかの、隙あらば嫌味でバレにくく攻撃してくるなんていう、私の世界になかなか登場しない人にも一瞬出会ったり。
「自分の行動に自覚が全然ないのだな」とわかるから、
全く指摘などはしないのだけれど、
それを当然にできるのは、
根深い怠慢さ、傲慢さだなあ、と本質的に察知しているので
私はその人に魅力を感じない。程度によっては、怖いと感じることもある。
「ああ、ハズレくじを引いたな」と思う。
今はそういう思いを前より引きずらなくなったのは、変に期待しなくなったからかも知れない。
じゃあ、すごく楽しくて、
「もう一度この人と話したい」と思うときはどんなときだろう。
文脈を捉えながら、自分の意見を自然と伝えてくれる。
同時に、こちらの話もしっかり聞いてくれる。
どちらか一方が頑張って会話を成立させるのではなく、
お互いの経験や考えを持ち寄って、
話しているうちに、二人だからこそ見えてくるものがある。
そういう時間が、私は好きだったんだ。
会話を共同創造できる人に、私は魅力を感じている。
今まで、
なんとなくコミュニケーションをとっていて、
魅力を感じる人、魅力を感じない人の違いを表す言語化を
ここまでできていなかったな、と思った。
今回、短期間で
バックグラウンドを存じ上げない複数の方との
フリートークを経験する機会を持って、
「なんか嫌だった」「すごく楽しかった」「よかったかと思い込んでいたけれど、本当は嫌だった」などの、様々な自分の反応を振り返る機会になった。
嫌ってなんだろう
楽しかったのはなんでだろう
こういうこと?ちょっと違うな
そうじゃなくて、ああそれだ
そんな探求をしてみたら、
自己理解の精度を上げることができた。
これは、
自分を幸せにする
再現性を高める一手になるのではないだろうか。
・教養があり、自分の考えを持っていること
・それらを文脈に応じて自分の言葉で伝えられること
・相手の話もしっかり受け取れること
・二人だからこそ見えてくるものを、一緒に探求できること
私は、そんな在り方に魅力を感じるようだ。
人と話すことで経験値が増えただけでなく、
その経験を何重にも振り返ってみたことで、
自分が好きなコミュニーションに、前よりも気づくことができた。
自分のことが前よりもわかって、少し嬉しい気持ちになった🌸
良ければ、あなたの好きなコミュニケーションスタイルも教えてくださいね✨