こんばんは^ ^
ADHD星人、kimiyoです。
今日は自分を表現することについて、私が感じていることを書いてみようと思います。
私がまだADHDという特性を周囲に気付かれないように、社会になんとか順応しようと普通に生きることが最大の目的だった時、面接で面接官に質問をされました。
「協調性のない人が職場にいた場合、あなたはその同僚に対しどう接しますか」
「協調性のない人」という言葉に胸がざわつきました。
私のことだ…と。
「すいません。それは、自分とは違う考えや意見の違う方が職場にいたらどう接するかということでしょうか?」
面接官は続けて言いました。
「まあ、そうですね。協調性がなく周囲の輪を乱す方はどこの職場でもいると思います。あなたはその同僚に対してどう接するかを教えていただけますか?」
「少し考えてもよろしいですか?」
声が震えました。
「もし、意見が違う方がいても否定はしないように気をつけます。仕事に対し同じ目標を持って進めなければいけない場面では自己主張はしてしまうと思います」
と私は自信なく答えました。
「ありがとうございます」
結局、その面接は落ちました。
面接官も私の挙動で何かを察したのかもしれません。
でも落ちた時に何故かほっとしたのを今でも覚えています。
「どうして自分は普通に生きられないのだろう」
周囲の求める自分になろうと努力しても上手くできなくて、「普通に生きる」
そんなことすらできない自分はなんてだめなやつなんだろうといつも自分を責めていました。
見えないところに天井があり、どうしてもその先へいけなくて立ち尽くしている自分。
今も落ち込むことはたくさんありますが、前とほんの少しだけ変わったのは、自分が今まで必死に隠そうとしていたことをちょっとだけ面白おかしく話せるようになったこと。
だめだと感じていた自分を少しだけ受け入れられたから今の私がいると感じています。
私のように自分の天井を感じている方に私の体験が何か役に立ったら嬉しいのですが、役に立たなくてもこのブログは私の自己表現です。
自己表現は呼吸と同じだと思っています。
吸ってばかりで息を止めてたら、苦しい。
しっかり吐かなければ息は吸えませんよね^ ^
だから自分の内側にあるものを止めずに吐き出す。
自分の好きな方法で、それが自己表現です。
呼吸。
静かな呼吸。荒々しい呼吸。深く長い呼吸。
なんでも良い。
誰かのためにならなくても良い、呼吸なのですから。
ただ、自分の中のものを吐き出すだけです。
ずっと息を止めてきた人は、自分をどう表現したらいいかもわからなくなっています。
ただ、目の前のやらなければいけないことだけを続けていると自分がわからなくなるのです。
そういう時には、自分の気持ちを言葉にしてください。声に出しても良いし、書き出しても良い。
本当は悲しかった、苦しかった、寂しかった、助けて欲しかった、ドロドロした感情も何もかも吐き出してください。
そうすると自然と涙が溢れて。
隠れていた自分の気持ちが一気に溢れ出します。
気持ちをただ吐き出す。そうすることで自分を取り戻していけます。
もし嫌な感情が出てきて止めたくなったり、自分をまた責めてしまいそうになったら、「全ての感情はあっていい」と魔法の言葉を唱えてみてください^ ^
菊理姫の神様がサポートをしてくれます。
どんな自分もOK。
あなたは、あなたのままでいい^ ^
最後までお付き合いくださりありがとうございます!
今日も1日お疲れ様でした!
明日もぼちぼちいきましょう♪
おやすみなさい_(:3 」∠)_