思い出すことと、記憶は違うのか、など

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また妙なタイトルになりました。
思い出すこと、記憶すること、違うのかどうか、についてです。
違うも何も、記憶しているから思い出すことができる、と言われると思います。確かにそう思います。

ところが、疑問に思うことが出てきました。
何に?
記憶とは、何を記憶しているのか、という点についてです。
普通は、知識を記憶している、と言われると思います。
記憶できるのは、知識やデータなのか、ということに疑問を感じます。
記憶が良い、悪い、何を基準に言っているのだろう、と改めて考えました。
試験であれば、単純に知識です。
記憶できて、必要に応じて思い出す、取り出すことができれば、記憶が良いと言われると思います。
これは知識=データです。
その記憶の良さの象徴は、PC等に搭載されているメモリーやハードディスク等でしょう。
同様に機械を用いれば、音声や映像も記憶、記録できます。
便利になりました。

しかし、この記憶、記録は機械を使ってデータを読み込まないと無意味です。
また、保存されていても、どこに保存されているか、これが分かっていないと無駄なデータの塊になってしまいます。
単なる機械であれば、いくらデータが多く保存できても、単独での活用は無理です。

これが人間との違いと思います。
人の通常の記憶力には限度がある、と思います。
日常生活をするのに必要な量のデータが脳にあれば良いからです。
また、記憶もいつまでも保存できるわけではありません。
消えていきます。これが人の脳の特徴です。
記憶できる時間の長短が、記憶がいいか悪いかの基準にもなります。

さて、人の脳の記憶についても考えてみました。
知識だけ記憶しているのか、映像として記憶しているのか、です。
何かの一場面だけを記憶している場合、一場面ではなく、部分的に記憶している場合、最初から最後までの出来事を記憶している場合、などがあると思います。

大多数の場合、一場面を記憶していると思います。
連続した映像ではなく、写真がバラバラになったような状態です。
その枚数が多いかどうか、の違いと思いました。
ここで、その場面を思い出す、ということを考えました。
昔、何々があった、という記憶は、脳に保存されている写真を読み込んでいる状態、その枚数が多いほど鮮明な記憶、少ないとぼんやりとした記憶、となっているように思いました。

枚数が多いと脳が見つけやすい、思い出しやすい、といえるように感じます。
記憶が良い人、写真の枚数が多く、見つけ出すことが速い人と言えると思います。

さて、その思い出す、この時間はどこまで遡ることができるのでしょうか。
一般的に、生存している正常な人の場合、何歳までの記憶であれば思い出すことができるでしょうか。
5歳、3歳、その前、とすると、3歳より前を明確に言える人は少ないのではないか、と思います。三つ子の魂百までという言葉からも、記憶できているとすると3歳以降ではないか、と思います。

肉体的に脳が発達中の状態であれば、本来の力が発揮されるまでの時間差があるはずです。0歳の記憶を明確に持つ、という人は現時点では会ったことがありません。持つ人はいるのか、と考えると特殊な能力を有する場合は、いる、と思います。ただし、出生後からの記憶限定です。

では、出生前の記憶はどうなのか、と考えました。
前世の記憶です。
前世が一つしかないのであれば、ひとつ前の記憶です。
もし、多数の前世がある場合、計り知れない量の記憶になります。
知ることができるか否か、おそらく「できる」と思います。
どうやって?
誰でもできる、わけがありません。
極めて限定的に使用可能、と思います。

仏教の用語にありました。
六神通、六通と呼ばれます。
神足通、天耳通、他心通、宿命通、天眼通、漏尽通の六つです。

この中の、宿命通と天眼通が過去を知る能力と関わっています。
宿命通は、自分の過去。
天眼通は、過去、現在、未来の広範囲を知ることができます。

過去を知る、記憶とは異なりますが、思い出すでもありません。
現世で知ったことを忘れないこと、これが記憶と思います。
記憶を取り出すこと、思い出す、と思います。

すると、過去を知るとは何か、と考えました。
思い出す、記憶するとは次元が異なる内容です。
なぜ、その能力があるのか。
必要になることがあるのか、と考えました。

色々な考え方を総合して判断しました。
前世の行いが現世に影響しているのかどうか、です。
答えは、はい、影響している、でした。

そうすると、この世は不公平なのか、公平なのか、とも考えました。
答えは、公平だ、でした。
裕福な人、貧困な人、これが公平なのか、と考えました。
少なくとも、この世だけで考えたら、誰が見ても不公平です。
しかし、多数の前世の影響がこの世に出ている、と考えたとき、
公平だと気づきました。
これが天の働きなのだ、と知りました。

各人、皆、違います。
役目も異なります。
なぜ、その場所に、その人間関係で生を得たのか、と考えたときに、
出生前に明確な理由があってこの世に現れている、と分かりました。

厄介なのは一つ、です。
前世の記憶を完全に消去された状態でこの世に生まれること、です。
前世の記憶を持って生まれれば、この世での役目やノルマがすぐにわかるのに、残念ながらできません。

ここからが各人の生き方の差になってきます。
非常に早い段階で気づく人、高齢になってから気づく人、死ぬまで気づかない人、と分類されます。大多数は、死ぬまで気づかない、のだと思います。
何をしにこの世に来たのか、という問いに的外れな回答をするパターンです。
70年、80年、90年も時間を使っていながら、気づかない、哀れに思います。

死後、三途の川の渡り方から差が始まります。
上流で橋の上を渡る人、中流で渡し賃を払って船で渡る人、下流で激流をもがきながら渡る人、と差をつけられます。
言うまでもなく、上流は天界か天界に近いコースに行く人です。下流は人間界であっても過酷なコース、人間界でない場合は考えたくないコースに送られるルートです。

ここでようやく気づく人(魂)は、愚か者と思います。
行いをここで気付いて悔やんでも、時すでに遅し、です。
死ぬ前に栄華を極めていても、行いが誤りであれば次のコースは悲惨です。

反対に、何をすべきかを知り、できる限りのことを行ってきた人は、次のコースは平和になると思います。ただし、このような人の多くは、敢えて厳しい世界を望む傾向があると思います。
我に艱難辛苦を与えたまえ、というケースです。
魂を鍛えることが目的なので、安楽なコースを望まないことがあると思います。個人的には、少しは平和なコースを進んでもよいのではないか、と思います。

思い出す、記憶する、これが進化すると過去を見ることができる、因縁を知ることができる、前世での行い、やり残したことを知ることができるように思います。これが先の天眼通の能力の一つ、と思います。

過去を知ることで、この世での因縁を浄化することができる、これが現世での役目の一つと感じました。
自分が関係する土地や人とは、何らかの因果関係、因縁があると思います。
明確に知ることは難しいかもしれませんが、おおよその内容を知ることはできると思います。

この世での行いは、来世が人間界確定の場合を除いて、次に送られる世界での開始時点に大きく影響すると私は思います。
また、この世での活動時間は、全員、異なります。
長寿=時間が長く与えられている場合、短命=時間が限られている場合、があります。短命=良くない、ではないと思います。
この世でのノルマを達成した=寿命、と思います。
未達成でも、寿命です。正しくは、人間界からの退場です。制限時間オーバーです。これに気付くかどうか、と思います。

コロナがまん延しています。
ワクチンは相当数が世界的に接種されています。
にもかかわらず、患者は増え、死者も増えています。
さらには、ウィルスが変異して強毒化しています。

強制退場させられる人が続出しています。
これは天の意思と思います。
人間界に必要かどうか、天がふるいにかけていると思います。
誰もが自分の前世を知ることができる、はずがありません。
しかし、知ることができる人もいるはずです。
知ることができるのであれば、生を与えられている間=制限時間内にできる限りの因縁の浄化をすべきと思います。

多くの人が機械を利用することで、千里眼の力を使うことが許されています。
遠く離れた場所で、過去を知ることができる人を見つけることができれば、その地で自分か前世で何をし損なったのか、等が分かると思います。

三途の川のそばに来て、下流から激流を泳いで渡れ、とならないように努力すべきと思います。何とか渡っても、その後の行き先が悲惨だと気づくほど、哀れなことはないと思います。
堂々と三途の川の橋を歩いて渡れるようになりたいと思います。





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