大切だからこそ、すり減っていく。母になって気づいたこと

大切だからこそ、すり減っていく。母になって気づいたこと

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コラム
最近、いちばん下の娘は「ピーマン食べられるようになりたい」というMADAMADAの曲にあわせて踊るのに夢中だ。

そんな娘の姿を見ていて、先日観た映画を思い出した。

「82年生まれ、キム・ジヨン」という映画だ。

結婚と出産を機に仕事をやめ、育児と家事に追われるジヨン。義理の実家での手伝いなど、いろんなことを我慢するうちに、ある日から、母親や友人など他人の人格が憑依したような言動を見せ始める。

第一子を出産した頃の、私が感じていた孤独感と重なる部分があった。そして今でも、家族やいろんな人とのやり取りの中で、モヤモヤを感じることがある。そのモヤモヤは、この映画の中にも通じるものがあって、私だけのものではなかったんだと思えた。

印象に残ったのは、娘の病気を知ったジヨンのお母さんが「かわいそうなジヨン」と大泣きする場面。こういうとき、いちばん心配してくれるのは、国を問わず母親なのかもしれない。

もうひとつ印象的だったのは、母親がどれだけモヤモヤを抱えていても、幼い子どもは、母のモヤモヤとは関係なく、今を一生懸命生きているように見えたことだ。

うちもそうだ。

私には、もっと自分のやりたいことを優先したい気持ちがある。でも同じくらい、子どもとの時間も大切にしたい。どちらも本当で、だから葛藤して、モヤモヤやイライラが出る日もある。

例えば、夜寝る時間。本当は子どもとゆっくり過ごしたい。でも、夜に仕事に関する勉強会がオンラインである日は、出たい気持ちが勝ってしまう。普段は言わないようなきつい言葉で、子どもを寝かしつけてしまう日もある。

どんな夜を過ごそうかとワクワクするより先に、勉強会のことで頭がいっぱいになっている。仕事がからむと、子どもに対して私はけっこう人が変わる。それは自分でも自覚している。

そんな夜のあとは、決まって「もっと子どもとの時間を大切にしたいのに」という思いが残る。

かといって、勉強会に出るのを我慢して子どもに合わせる日も、自分のやりたいことを後回しにした小さなモヤモヤが、少しずつ積もっていく。

どちらを選んでも余裕がなくなるのは、根っこに「子どもとの時間を大切にしたい」という気持ちと、「これをやっていきたい」という自分の気持ちがあるからだと思う。どちらも大切だからこそ、やりたいことを優先すれば後ろめたさが残り、我慢すれば自分の中に何かが溜まっていく。

ジヨンも、家族を大切に思うからこそ、いろんなことを我慢してきたのではないだろうか。大切にしたい気持ちが強いほど、我慢は当たり前になって、自分がすり減っていることに気づきにくい。だからこそ、自分の心と身体の状態に、もっと敏感でいたい。

そんな私のそばで、娘は変わらず「ピーマン食べられるようになりたい」と踊っている。

先週、娘はお友達と外で遊ぶ約束をして、てるてる坊主を作っていた。後日、そのお友達も同じようにてるてる坊主を作っていたと知った。

二人とも、ただ純粋に「晴れますように」と祈っていたのだと思う。約束の日をまっすぐ楽しみにする姿が、まぶしかった。

今の私に、あの心はあるだろうか。


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