どうしてわかってもらえないのだろう…
他人と接している時、そう感じてしまうことがある。たまに連絡を取り合う両親、仲の良い兄弟、数年来の付き合いのある友人、毎日一緒に働く上司にさえ、「どうしてそんなこと言うのだろう?」「そんなコミュニケーションの仕方しなくてもいいのに…」と、こっそり傷つくこともある。
そんな時、私は「この人とは、この分野について文化が違うのだな」と、ある意味さっぱりとあきらめるようにしている。人それぞれ、育ってきた環境、触れてきた文化が違うのだ。ある意味、人間一人が一つの国のようなものだと思えばいい。
そう考えると、分かり合えなくても仕方がないこともある。全てをわかってもらおうなんて、そもそもすごく奇跡に近いことなのだ。と、気持ちを切り替えることができる。
いや、相手に「わかってもらえるはず」と多少期待しているところもあるので、完全に切り替えることは難しいが、「頭でそう理解しようとすることはできる」という表現のほうが正しいのかもしれない。
人は、結局、自分が経験してきた事柄でしか思考できないといわれている。だからこそ、自分から様々な経験をつかみ取りにいくこと。いろいろな人と分かり合うためにも、自分から他の文化を学びにいこうとすること、その意識こそが大切なのだと思う。
知らないことは恐怖だ。怖い。自分のことさえ全て理解するのは難しいのに、ましてや他人の頭の中のことなど、まるで宇宙だ。
だからこそ、そこに向き合い、恐れと向き合う。
そうすれば、世界がまた違ったように見えてくるかもしれない。