「巻き込まれてない」という感覚を育てる

「巻き込まれてない」という感覚を育てる

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こんにちは。うららです。

少し前のブログで「俯瞰」「観察意識」のことを
こんなふうに書きました(↓)
興味深く見てはいるんだけど
巻き込まれてはいない感覚。

この「巻き込まれていない」という感覚は
巻き込まれるのが当たり前で生きてきたエンパスにとって
すごく新鮮で、ふしぎな感じがします。

慣れないうちは、むしろ心地よくないとさえ
感じるかもしれません。

だけれども、この感覚が身につき始めると
ラクだなぁ〜!と感じる場面が確実に増えてきます。

「観察する」「俯瞰する」のほかにも
「客観視する」「一歩下がって眺める」など
人それぞれしっくりくる表現があるでしょう。

「もう一人の自分が自分を見ている」ともよくいいますね。

学術用語では「メタ認知」というそうです。

メタとは「超越した」「高次の」という意味。つまり、

自我(エゴ)を“超越した”自己(セルフ)
“高次”の自身(ハイヤー・セルフ)

これが、自分を見るときの「もう一人の自分」です。

では、超越してない・高次じゃない自分で
自分を見るのはどんな感じかというと・・・
「自分はだめだ」「悪いことをしている」「劣等感や嫉妬が消えない」「申し訳なくおもってしまう」……。

このような罪悪感でいっぱいの、「できない、だめな自分」を癒しても癒しても癒されないのは、「だめな自分」の裏に、実は、もう一人いるからです。

「お前はできない、だめだ」と、だめな自分をつくり続ける、厳しい裁判官のような怖れの王様が。

(佐川奈津子『神さまが味方するすごいお祈り』フォレスト出版 より)
そうなんです。

エゴっちの見方は「見る」というより「見張る」。
一方、ハイヤーセルフの見方は「ただ見る」です。

淡々と観察するんです。
判断せず、分析せず、
変えようとせず、止めようとせず、
定点観測のように見る。

この見方をし続けていると

・考え、感じ、知覚し、動いている自分
・それを見張っている自分

その両方が見えるようになっていきます。

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そしてさらに目線が上がるほど、
いろんな次元の自分が見えてきます。


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