ラジオやポッドキャストを聴いていて思うことがある。話がただの情報で終わっていると、まったく面白くない。心が動いていない話には、ドラマがない。
たとえば「雨が降っていたけど、傘をささなくてもいいと思った」という話には、その人の感じたことがある。
でも「雨が降っていて傘を忘れた」というだけなら、ただの事実でしかない。その違いが、話の面白さを決めるのだと思う。
伝わる話には感情がある
話をするとき、「自分はこう思った」「こう感じた」という部分がなければ、ただのデータになってしまう。感情のない話は、誰の心にも届かない。ラジオでもポッドキャストでも、聴いている人が置いてきぼりにならないように話すことが大事だ。そこが難しいところでもある。
ある学生がやっているラジオを聴くと、やりたいことを自由にやっている感じが伝わってくる。それ自体は悪くない。だけど、それが「身内ノリ」になってしまうと、聴いている人には伝わらない。伝えたいことがあるなら、それをどう伝えるかに苦心しないといけない。
ちなみに学生でも気持ちを乗せているならその表現が拙くてもしっかり届くのだ。技術的な上手さは実はいつでも上がるかもしれないが、メンタルや気持ちというのは技術は関係ないといえる。
色を増やすということ
何かを発信すると、それを否定と捉える人もいるかもしれない。でも「こう思った」ということ自体に、否定も肯定もないはずだ。そこにあるのは、ただの「色」だ。世界は白か黒かではなく、もっといろんな色があったほうが面白い。
二元論に縛られると、物事の豊かさが失われる。「そういう考え方もあるのか」と思えたほうが、世界は広がる。何かを提示することが、誰かを否定することになってしまうのは、少し窮屈だ。
見えない相手に向けて話すこと
ラジオでも、ポッドキャストでも、文章でも、発信する以上は誰かが聴いているし、読んでいる。その人に何かを伝えたいと思うなら、ただの情報ではなく、心が動いた話をするべきだ。
結局のところ、人は「データ」ではなく「心」によって動かされるからだ。
それが当然届かないとか、悪意というか評価一致されないとかもあるだろう。そこも踏まえてどこまでできるかが一つのコミュニケーションであり、心を動かせるかどうかかもしれない。