ちゃぶ台日記Vol. 38~生まれた奇跡の裏にある、もう一つの奇跡~

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コラム
子育てって、本当に大変だった。

でも、夫が目にするのは
できてるごはんと、寝ている子ども。

バタバタしていた時間も、
余裕のなさも、
全部見えていない。

不平等って、
きっとこういうところから始まっていたのよね。


「……本当、むかつくわ。」

あれから時は経ち、
振り返れば、つらいこともあった。

不安と喜びを同時に抱えながら過ごした日々。

妊娠中、つわりは正直しんどくて、
通勤途中の駅のホームでベンチを探し、
トイレの場所を確認するのも日課だった。

満員電車の中でも、誰にも気づかれない。

お腹はまだ大きくないから、
席を譲られることもない。

家に帰れば、玄関で雪崩れ込むように座り込んで、
しばらく疲れて動けない。

それでも、よっこらしょと立ち上がって、
“ごはんだけは“とキッチンに立つ。

匂いもしんどいし、体力も残ってない。

それでも作る。

そして食卓に並ぶ。

夫が目にするのは
できあがったごはんだけ。
世の中って、不公平だなと思った。

娘に「お誕生日おめでとう」ってスタンプを送った。
返って来たのは「ありがとう」のスタンプ。

それだけだった。

たったそれだけのやりとりなのに、
なんだか少しだけ、置いていかれたような気がした。

それでも思い返せば、
ベランダに揺れる小さな洗濯物に嬉しさを感じ、
「あぁ、幸せだなぁ」って思えた瞬間もちゃんとあった。

神社で手を合わせた日のことも思い出す。
「春に生まれる女の子をください」と願った。

そして、桜が咲く4月。
この手に抱いたのは、本当に女の子だった。
これは偶然じゃない、そう思った。

小さな手。
小さな足。

なんて可愛いんだろう。

難産だった。

ひとりで病院に向かい、
ひとりで陣痛室に2日間。

時計とにらめっこしながら
ひたすら耐えた。

不安も、喜びも、痛みも、
全部いっぺんに押し寄せてきた。

生まれた奇跡の裏には、
こんな時間が、確かにあった。

母の日はあるのに、
どうして出産記念日はないんだろう。

生まれた日が祝われるなら、
産み出した日だって、祝われていいはずなのに。

だから今日は、自分にいう。
ママになった日、おめでとう。

そして―――
産んだ私へ、ありがとう。

じぃにもらった言葉を思い出す。

「誰にも褒められん日々を、よう歩いてきたなぁ」
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