たとえ姿が見えなくなっても ― 心はいつもそばに ―

たとえ姿が見えなくなっても ― 心はいつもそばに ―

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占い
産土神社鑑定士
開運カウンセラーの
佐藤舞由加です。

暦は、
8月23日に二十四節気の
「処暑(しょしょ)」を迎えました。

処暑とは、
暑さが少しずつおさまっていく頃。

とはいえ、
外へ出れば
まだ夏の名残を色濃く感じるような
厳しい暑さが続いています。

そして今日、
25日は
天神さま、
菅原道真公の御縁日。

毎月25日は、
全国の天満宮や天神社で
天神さまとのご縁を
大切にする日でもあります。

そんな季節の節目の中、

私は今朝から
背中と足が筋肉痛です。

昨日、
暑い中
産土神社へお参りに行き、
どうやら少し歩きすぎてしまったようです。

神社へ向かっている時には
不思議と気にならないものですが、

翌朝になると
体は正直ですね。

さて、
昨日このようなご質問をいただきました。

「一昨日、
母が亡くなったのですが、
神社への参拝は一年間
控えなければならないのでしょうか」

「喪中の一年間は、
神社へ行ってはいけない」

そう聞いたことのある方も
多いのではないでしょうか。

しかし、

喪中と忌中は、
同じものではありません。

神社への参拝を慎むのは
「喪中の一年間」ではなく、
基本的には「忌中」の期間です。

そして、
その期間は
故人との関係によって異なります。

父母・配偶者は、50日。

祖父母は、30日。

兄弟姉妹は、20日。

子どもは、20日。

最長でも50日です。

ですから、

「身内が亡くなったら、
一年間は神社へ行ってはいけない」

と、
一律に考える必要はありません。

忌中の間は神社への参拝を慎み、
故人の冥福を静かに祈ります。

菩提寺がある方は、
菩提寺の
ご本尊さま・仏尊・仏尊の神々さまに
故人の冥福をお祈りします。

また、
ご自宅でのお祈りは
忌中であっても続けてください。

そして忌中が明けたら、
神社への参拝を再開します。

故人の産土神社がわかっている場合には、
50日を過ぎてから故人の産土神社へ参拝し、

産士の大神さまのご開運を祈り、
故人が高い霊界へ進んでいけるよう
お導きをお願いするとよいでしょう。

産土信仰の世界では、

亡くなった方は
49日まではこの世(現世)にとどまり、
50日から100日までは「中有界」へ。

そして100日目には、
それぞれの霊的レベルに相応した霊層へ
移行すると考えられています。

生と死を、
まったく別々のものとして
切り離すのではなく、

あの世とこの世を
ひと続きのものとして捉えていく。

そこには、 
産土信仰ならではの
死生観があります。

「喪中だから、 
一年間は神社へ行けない」

ということではありません。

喪中と忌中を混同せず、
忌中には忌中の過ごし方を。

そして、
その期間を終えたなら、
また静かに神社へ足を運ぶ。

大切な方を想い、
祈る心そのものまで
遠ざける必要はないのです。

亡くなられた方は
姿は見えなくなったとしても、

どこかに
消え去ってしまったわけではありません。

その「心」は、
いつもあなたのそばにあり、
共に在り、
共に生きているのです。

大切な故人を想い、
大切にお祈りする。

その祈りもまた、
あの世とこの世を結ぶ
大切なつながりなのです。

N様の大切なお母様
本当にお疲れさまでございました。
どうぞ安らかに。

N様も、
どうぞお疲れが出ませんように。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。


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