便利さの中で、私たちが忘れてしまったこと

便利さの中で、私たちが忘れてしまったこと

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占い
産土神社鑑定士
開運カウンセラーの
佐藤舞由加です。

今日は「立秋」の最後の日です。
暦の上では夏の暑さが
少しずつ収まり
秋へ移っていく頃目です。

2026年8月22日の今日は、
234日目で今年もあと131日です。今日、歩いていると、
前を歩いていたお父さんが、
スマホを見ながら歩いていました。

すると、
その隣を歩いていた
小学校一年生くらいの男の子が、

「歩きながらスマホは危ないよ
歩いてる人に迷惑だよ」

と、お父さんに一生懸命に
注意していました。

思わず笑ってしまいました。

街を歩いていると、
スマホの画面を見ながら
歩いている若い人の姿を
よく見かけます。

移動中の数分さえも
画面を見る時間に
なりつつあるんですね。

「スマホのない生活なんて考えられない」
という若者も少なくありません。

「スマホがなくても生きていけるでしょう?」

と私たち大人は思ってしまいますが、
そういう私たちも
スマホやパソコンが
使えなくなれば
不便さを感じてしまいます。結局のところ、
私たちも人のことはいえませんね。文明の利器の中で暮らして
それが当たり前だと思っている時に
少しでも前より不便になると
すごくストレスがたまります。

便利さに慣れる、
というのは
脆弱にもなっていることだ
ということを忘れてはいけません。人間は楽な方へ流れやすい生き物ですから、
一度その便利さを知ってしまうと、
そこから離れることは
できなくなります。

身近なところでは薬もそうです。

つらい症状を和らげてくれるものがあると、
その安心感を知ります。

一度薬によって
症状が和らぐ安心感を知ると、
またつらい症状が出たときにも、
薬に手が伸びるようになります。 
薬を飲んだからといって
身体そのものが
健康になるわけではありません。

すぐに薬に頼ることが当たり前になると、
人間が本来持っている
自然治癒力という
本来の力から遠ざかってしまいます。

最近では便利さを
追い求めてきた私たちに、

「何か大切なものを
置き忘れてきたのではないか」

「何かがおかしいぞ」

と気づき始めている人も
増えているように感じます。家庭菜園や畑を始めたり、
都会を離れて地方へ移住し、
自然に近い暮らしをしたり。昔ながらの手間をかける
人間らしい暮らしを
あえて取り戻そうとしている。気づいた人は
少しずつ行動を起こし始めています。

都会で暮らしている人たちは、
あまりにも
恵まれている環境にいるがゆえに、
かえって多くの不満を
抱えて生きている人が多いように感じます。

さまざまな不安や不満を
抱えていたとしても、
今日、食べるご飯がある。

雨風をしのげる家がある。

眠る場所がある。

目が見える。

耳が聞こえる。

自分の足で歩くことができる。

自分の手を使うことができる。

生きたくても、
この世を去らなければならない
尊い命もあります。

私たちの当たり前の「今日」は、
誰かが生きたくても
生きれなかった一日でもあるのですよ。

病と戦いながら
苦しい毎日を送っている方もいます。今日も私たちは
こうして生かされている。

今あるものに感謝しながら
一秒一秒を大切に生きましょう。

生きている。
健康である。
それだけでも、
ありがたいことですよ。

それでもまだ不満はありますか。

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