魂は、人でしか磨かれない
最近、思ったことを思ったまま、ぼーっと書いているような文章のほうが、読んでくださる方の反応がいいように感じています。
うまくまとめようとせず、その時の自分の気持ちをそのまま書いた文章です。
やっぱり、そこには人間味があるのだと思います。
今は、AIにお願いすれば、文章もきれいに整えてもらえます。
私も使っていますし、とても便利です。
でも、これからは「AIできれいに整えられた文章」が増えれば増えるほど、自分の手で書いた言葉が大切になっていくような気がしています。そうも
言われています。やはり日本人には言霊というのがあって、感情を表す言葉をたくさん使えるようになった方がいいですね。
時間がかかっても、自分の手で書き続けていく。
今日は、そんなことを思いながら書いています。
魂は、どうやって磨かれていくのでしょう。
何もかも思うようにいかない。
一生懸命やっているのに結果が出ない。
それでも、思うようにならない毎日を投げ出さずに生きている。
私は、それだけでも魂は磨かれていると思っています。
自分の仕事が成功したら、その先であなたは何をしたいですか。
お金があれば、今よりも生活の水準を上げられる。
今の苦しい仕事を辞めるために副業を始め、いつかそれだけで生活できるようになりたい。
海外の貧しい国を支援したい。
どこかの国に学校をつくりたい。
人によって、思い描いているものは違います。
どのような理由であっても、何かを目指して一生懸命取り組むことは素晴らしいことだと思います。
けれど、その道の途中には、必ず人がいます。
「そんなことをやってどうするの」
「そのやり方ではうまくいかないよ」
「今はこっちの方法がいいよ」
人の数だけ、正解があります。
Aもあれば、BもCもDもある。
今はAIで調べれば、いくらでも答えが出てくる時代です。
私のところにも「これからはAI」「これを使えば稼げる」という情報がたくさん流れてきます。
もちろん、私自身がそういう情報を見ているから、さらに似た情報が上がってくるのでしょう。
流行しているものを追いかけていると、どこかで誰かが仕掛け、それを見た人たちが「我も我も」と同じことを始めているのが見えてきます。
最初に仕掛けた人は、大きな結果を得られるのかもしれません。
そのあとにグループやコミュニティができ、同じような方法が一気に広がっていく。
アルゴリズムに乗れば、注目を浴びることもあります。
集客につながることもあるでしょう。
けれど、一瞬の人気は、やはり一瞬です。
一年くらいは続くかもしれません。
でも、いつかはなくなっていきます。
最後に残るのは、やっぱり面白いものです。
心が動くものです。
感動というのは、泣くことだけではありません。
腹が立ったり、悔しくなったり、忘れていた気持ちを思い出したり。
自分の中に何かが起こることも、心が動いたということです。
だから私は、AIに書かせただけの記事が、ずっと売れ続けるとは思っていません。
AIを使いながら売れていく人は、AIに任せきりにしていない。
たくさん調べ、考え、試しながら、
「自分だったら、どうするだろう」
と、自分だけの考え方を加えています。
ただ、自己流というものは、すぐには売れないこともあります。
「でも私は、こう思う」
そう言っている間は、なかなか理解されないこともあるでしょう。
それでも、自分の経験から生まれたものは、いつか必要な人に届きます。
では、なぜ届くようになるのでしょう。
私は、魂が磨かれた時だと思っています。
自分のためだけだった思いが、人のためへと広がっていく。
世のため、人のため、そして国や世界のためへと、思っていることが少しずつ外へ広がっていく。
その一方で、自分の傲慢さや強欲さまで外へ向けてしまうと、どこかで間違ってしまいます。
自分の欲深さは、外にぶつけるのではなく、自分の内側を見てあげるためにあるものです。
なぜ、そんなに欲しいのか。
何が足りないと思っているのか。
何を怖がっているのか。
その不足感を置き去りにしたまま、自分の器よりも大きなものばかりを求め続けると、いつか無理が生まれます。
そして、どこかが壊れていきます。
魂を磨くというのは、立派な人になることではありません。
人と関わり、傷ついたり、腹を立てたり、思うようにならなかったりしながら、自分の内側にあるものを知っていくことです。
人間の中で、魂は磨かれていきます。
人は、人でしか磨かれない。
私は、そう思っています。