根付くのが最初かな(反省文)

根付くのが最初かな(反省文)

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無職も半月に及んでくると、湧いてくる自責の念や反芻思考との折り合いの試行錯誤が増えました。

しかるべき反省と、生産性の無い自責・取り越し苦労の間で悪戦苦闘している感じ、でしょうか。もう今更、考えても害しかない自責・取り越し苦労は避けたい。ただ、望まぬ現状に至った経験が、自分に気づきを促している教訓は取り出したい。その2つの想いから、毒になる思考に陥らないよう気を払いながら、何か経験から糧を得ようとして、過去を振り返ろうとするんですね。

ついつい責任追及してしまう

とはいえ、過去を振り返ると、ついつい責任追及に陥りがち。「自分のこういうところがダメだ」「上司のああいうところが悪い」「組織がそういうことだからマズイんだ」などと、もはや答え合わせもできないのに、ついつい考えようとする自分がいる。

そこで、何度も「いかんいかん」と踏みとどまる。その原因は、おそらく1箇所ではなく、相互作用の結果なんだろうし。それに原因が分かったところで、生産的な次のアクションの種は取り出せない気もする。その前に、矮小な自分には的確に原因を究明できる気がしない。

思い出に刻まれた断片を想起して、あそこが原因だと決めつけても、きっとそれは正確ではないんだろうな、と思うと、責任・原因の箇所を特定しようという自分の思考の動きは、深入りしちゃダメなんだろう、と思っています。
(そう思っても、ついついそっちに動き出そうとする自分が毎日出てくるんですが・・・)

でも、また同じことになりたくない

過去〜現在の責任・原因なんて、どうでも良いんです。ただ、闇雲に次に突っ込んで「また同じことになる」は避けたい。

経験から学んで、次は少しでも良い形にしたい。その気持ちは、抑えられないし、抑えなくて良いんじゃないかと思うのです。だから、経験から学んで自分の気構え・態度・考え方・行動指針を変えた方が良い点が無いか、ということは、考えたいし考えるんですねぇ。

それくらいは、考えさせてあげて良いんじゃないか?
そう思って、自分で自身に許可は出しているんです。条件付きで。

ただし、条件がある

経験から教訓を取り出して、今後の姿勢・行動の良き変容につなげる。それは良いことなんだと思うんですが、条件をつけておかないと泥沼にハマる気もしています。

教訓抽出〜改善という前向きな活動のつもりで始めたことが、いつの間にか、自分の能力・属性の不足や欠陥に結びつけて、取り戻しようのない過去の自分の行い・不作為を責めてしまうというワナに陥りそうで。

前向き・建設的な活動でスタートさせたはずが、いつの間にか後向き・破壊的な活動になってしまい、自分のバイタル・活力を落としていく危険性と隣り合わせの気がするのです。

自分を許すことをベースラインにします

だから、間抜けな自分、愚かな自分、恥ずかしい自分、無惨な自分を許してあげることは、絶対不可欠なベースラインにしよう、と思っています。

自分の生い立ち・経験・能力の中で、自分なりに精一杯を過ごしたら、結果そうなってたことです。自分の人生をいい加減に捨てようとしてなったことでは無いんだから、仕方がないこと。

例えば、一流のプロ野球選手になろうとして取り組んで、でもなれなかった、として。なろうとして頑張ったことは、責めたり否定したりするものではないはず。自分の与えられた環境・器の中で最善を尽くしたが、大谷翔平のようにならなかったとして、大谷翔平のようにならなかった全責任が自分にあると思ったら救いがないし、次もない気がするのです。

結果的に、しなくて良いとも言えるケガをしたこと、遠回りになるトレーニング法を試して時間の無駄になったような気がすること、力量に合わない像を目指してしまったこと、どれも、結果論なのかなと。結果には結び付かなかったけど、でも精一杯、自分なりに最善と信じたことをやり切ったよな、と思えたら、それは自分の責任じゃないんじゃないか、と。

ただ、もっと良くなれた可能性があるなら、それは取り出して次に繋げたい。だから、振り返ることは、自責・自信喪失に陥る危険を孕んでいても、恐る恐るでも試したい。いや、試さざるを得ない。

僕の反省

そんなで、自責に陥ることを恐れながら、自分なりに反省を深めつつあります。今のところ、「環境・場に根が下りる前に、焦って咲こうとするのはやめよう」というのが、僕なりの教訓です。

新しい場に踏み出す時、早く自分の能力なり役立つ様なりを認めてもらわないとその場に受容されない、と焦って動くのはやめよう、と。さらに言えば、新たな場に踏み出す手前で、その場に受容されるか否かを主眼において動くのをやめよう、と。

多分、独善・独りよがり・生意気に陥る因子を、僕の気構えや姿勢が持ってたんだろう、と今は思っています。組織のあり方や組織プレイのあり方に、どうあるべきかを探求してきたキャリアが仇となり、そのお役目を期待される前に持論を持ち込んでしまってたんじゃないか、と。

仮に、いい種・いい苗だったとして、植った圃場に馴染んで根付かないと、実りの季節は迎えられません。個人プレイで結果の出る仕事だったら別ですけど、自分のできる職務は、個人プレイでは価値がないジャンル。そうなると、圃場に根を下ろせることが、その後に大きな影響があることは明らかかなと。

だから次は、組織のあり方とか組織プレイのあり方に関係なく、まず個として場におけるお役目を果たすことに専心したい、と思っているところです。その先に、個を超えた期待・お役目が出てきたら、その時に考えればいい。今後は、そうやっていきたいな、と思っています。
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