過去の思い出
いい事も、嫌な事もそれぞれある。
いろんな人に出会ってゆくと、こういう考えがあるんだとか、こいつ最悪とか、こういうのいいなーとか自分の中で色々思ったりする。
今、恋愛する男女の割合が減っているのは、恋愛という最もめんどくさい事、人と向き合うということをしたくない人、生活するだけで精一杯という人が増えているんだと想う。
「回避型男子」というのも最近出てきた言葉。
(好きだけど、好きすぎて)別れよう。
これは、自分が一番大切で好きなだけだと想う。自己愛が強過ぎるとこういう現象が起きるんだと。
傷つくのが嫌だ、生々しいやり取りをするなら、心の中に女神を作って、それを心の拠り所にする。
都合のいい逃げ。相手に気持ちを持たせるようなことをするってずるい。
それは、そいういう人は相手を葬り去るしかない。事故にあった
人はどんな事を思っても自由だし、どんな生き方もあり。
自分の人生を特別な人と前に進めたいと想うなら、ぶつかって、傷ついて、喜怒哀楽を感じるほかない。
頭ではわかっているけど・・・!?それはそれ。
信じて裏切られた!そもそも信じる方が悪い!みる目がなかった。
普段、娘の話をよく聞くのだけど、まあ喧嘩、喧嘩に喧嘩しているけれど、中はいいし、お互いの覚悟がある。
そして、娘は、白黒思考だと想う。判断の処理が早くて、どんどん進んでゆく感じ。若いから?!いや性格。ブロックとかもしないけど、引きずる人もいない。脳の処理速度
娘は育てたから可愛いのではなく、娘だからでもなく、愛情を積み上げるタイプだから繋がっているんだと想う。
人との関係性に〜だから〜はない。昭和の母親は〜だからといってコントロールしてきた。家族だから、子供だから、いやいや関係ないよ!
日本人って、警察の力が強いからか、犯罪は少ない。
海外はもっと危険があるので、男性は女性を守るという意識が強い。
一人にさせない。送り迎えは当たり前。誰かに取られないように、ガードする。
日本人って、信じてるよーみたいな曖昧な表現をするけど、信じてる信じてないの問題じゃなく。
ここは三次元、光と影の世界なので、「想い」より「行動」が優先され、
思っていることと、やってること、言ってることが一致する人が信頼される。
口だけいいこと言うよね!と言うのは信頼されない。
それって、その場凌ぎの言い訳。
綺麗なものだけを残しても、ダサい自分が残るだけ。
自分のいうことに相手が納得しないなら、納得する材料を持っていかないと相手は納得しない。
話し合いを避け、相手の気持ちを考えず、自分の気持ちだけを押し付けるのは、自分が可愛いだけ。
そんな人と関わるって消耗し続ける。疑心暗鬼にさせる相手はいい相手ではないよねー!
わかってはいるけど・・・!?
人はなんだかんだと「利害関係」で繋がると想う。そのラベルが友人であろうと、お互い淋しさを誤魔化せる相手だろうろ、お金であろうろ、癒しであろうと、体裁であろうと、内容はともかく、そういうものだと想う。
いつだかネットであった人にいわれた、君はいろんなことがよくわかってる、だから君を満たせる男性は本当に少ないと想うよ。普通じゃ物足りない。
かもねーと思った。事実そうなってしまってはいるし。
人と正面からと向き合うのはしんどいし、めんどくさい。
人は生々しくて、泥臭い。
結局、同じ周波数の人と出会って、それぞれ「うまく事が運ぶ人」が愛し合える人たち。
そういう人が与えられるか、否かは、わからない。
わからないから面白いのかもしれませんね。
「悟り」という概念の一つは、物事をありのままに受け入れること。
なんとかしようではなく、ただ淡々と生きる。物事をフラットに見ることができる。
良縁、欲しいですよね!それすら与えられるもの。
何かをしたからといって、与えられるものでもない。
死というゴールに向かって、頑張って生きてない人はいない!
なんだか、人の心を削るツールが増えているけど、現代に生きるって、しんどい。チャンスが多いだけに多様化しすぎたのかも。
宗教も信じれなくなっているし、心の拠り所がないのかもしれない。
自分自身を信じるしかないのだろう。
心の中に切れ味のいいナイフ持っておかないとね!と想う。
枝葉は変わっても、根本的に人は変わらないから・・・!
他人は他人、そのままの人となると、相性・・・!