3月19日10時24分魚座♓️新月🌑が起こりました。
今回のテーマ
【いい加減で社会を楽しむ姿を提示する】
「私は仕事できる人です!」
と言った時、仕事できない私は否定されてるし、そのどちらでもない私は意識にも上がっていない。
「〇〇な私」と定義されない、なんとも言い表せない私で、世に出ていく。
(10ハウスなので、居場所を奪い取る)
さらに、♓️は金星が強い星座であるので、それ自体を楽しむ。
例えばある人は教師という顔、友達少ないという顔と怒りっぽという顔と女遊びが好きな顔、どの顔も否定せず、それぞれの顔を使って世の中に出ていってるとする。
中には「教師なのに女遊びが好きはダメ!」と思う人がいたりします。
「教師は真面目でなければ」の、その価値観は現代の社会とマッチしていて多数派だとしても、誰かの可能性を奪って良い事にはならない。
良い人ぶって誰かの何かを受け入れていく必要はないが、相手の何かを奪うのは違う。
「〇〇はダメで、⬜︎⬜︎は良い」と秩序を作り出して、それが絶対だと秩序を重じるのも良いが、
その作った秩序に自分がいつか不要だと言われる存在になるという可能性を生む行為である事を忘れてはならない。
♓️10ハウスはどんな形でも、どんな人でも社会に存在したら良いという振る舞い。
「そんなんじゃ、効率が悪い!」と言うかも知れませんが、その振る舞いは
社会に出たければどんな形でも、いつでも、どこでも良いよと言うことになる。
つまり対象は全人類になり、下手に少数精鋭するよりも、一人ひとりが伸び伸びと働けて、一人一人の生産性が高まるかも知れない。
社会での振る舞いを♓️的にすることによって、
「枠組み設定→実現」ではなく
「実現された結果→これを枠組みに設定」となる。
この様に寛容な社会での在り方は色んな人を社会に参加させられることになって、各々自由な社会生活を楽しむ
その結果、週一勤務や隔日出勤など色んなロールモデルが生み出されることになり、それを見た人がこんな風になら積極的に参加したいかも!?と
♓️の水が、♈️の火を起こす様になり、それが新時代の始まりになるやもなんて事を思う。
2026年の春分直前の魚座新月図を見て思うのでした。