牡牛座新月のアファメーション
5月17日の5時に牡牛座新月が12Hで起こります。
12Hとは物事を曖昧に対処していく所。
いくらきっちりした人でも何かしらの問題を曖昧にして生きているので、自分のことをきっちりしていると思っている人でも必ず存在している12H。
例えば、車を運転していて右ウインカーを出すところが誤って左を出してしまった。
これは事故にも繋がりかねないミスですが、「出し間違いなんて、たまにあるよ」とそんな大袈裟なと思う人はその場面での問題を12H的に処理している人.
これを反対の6H的に対処する人は「この問題が起きない様にするためには?」と考えて運転中は音楽も禁止とか、携帯の電源でさえもOFFと出し間違いに繋がりそうなことは排除していくでしょう。
この例からもわかる様に「曖昧=ダメなこと」ではないのです。
逆に問題に白黒つけて解決するという人間視点的に都合の良さそうな6H的な問題解決は、逐一起こる問題に対処するです。
しかしそれをしていると、他に何にもできないなんてこともあり得るので、6H行ったら12H行ってみたいなバランスをとるのが大事なのです。
ということで、12H♉️新月のテーマは
「自分の感覚に従って曖昧にしていくこと」
資本主義色が強まってからというもの、根拠とかソースとかその様なモノがないといけない!みたいな風潮が強まってまいりました。
そして現にその価値観に染まっている人たちがこの様なことを聞いても「根拠やデータがあるのが当たり前!」としか思わないでしょう。
しかし、データとか根拠は確実性を高めるだけであって、自分にとって正しいかどうかは自分と合わせてみないことには分かりません。
その顕著な例が飲食店の評価5だったけど、食べてみたら不味かった。みたいなことで、
多くの人が経験して分かっているはずなのに、ダイエットや病気になった時などそれを完全に忘却してしまい
「バナナでダイエットできる!」とか「漢方は万能」みたいな信仰を作ってしまう。
とはいえ、その様な盲目的信仰が作られてしまうのも分からなくもない。
というのも、多くの人はデータや根拠の確実性の範囲内に収まっていることが多いため、結果的に漢方は私に効くが飛躍して、漢方は万能とかという事になりやすい。
が、その様なデータが先行したものの見方をすると今回の新月のテーマに気づけない。
この新月では、自分で体感した結果が「よく分からない」という答えになることもあるよ。ということを思い出させる。
何でもかんでも、白黒つくわけではないし、白黒つかないし良いとか悪いとかもない、ただ曖昧な評価を下すしかないモノもこの世には存在する。
その曖昧が不安でできないから、信頼がおける「〇〇大学が調べた〜」とか「〇〇さんが言っていた〜」という情報を集めて安心しようとする。
目の前の安易で確実そうな安心を取って、体感しないと分からない自分にしか分からない世界を放棄しようとする。
それをするから、ますます自分の感覚が衰えて信じられなくなり、自分以外の人にとっての正解を自分の正解と勘違いをして生き続ける。
結局は、自分を信じられずに外にある何かしらを信仰せずにはいられなくなる。不安だから。
皆イチゴが美味しいと言っていて、でも自分はそんなに好きじゃないと感じる。
それの感覚を大事にすれば良いのに、仕事とか恋愛になると誰かの作った、誰かのための答えを求めようとする。
で、最終的に自分に落とし込まないといけないが、自分のモノではないから使えている様で使えていなくて、思う様にならない。
そうすると元々自分を信じていない所に、外にあるデータも自分に合わない事があって信じられないってなると、もうなす術がない。
そんなことも避けれる様になるための、牡牛座新月