【先駆けて悟った人の使命】

記事
学び


日常的スピリチュアル、安田です。

悟りの境地というのは
感じることであり
感じた人には
使命があります。
全く同じことを
学んだとしても
人それぞれで
感じ方が違い
使命だと感じる人もいれば
全く何も感じない人もいます。
同じことを学んだら
同じように感じるというのは
あり得ないことなのです。
成長段階で感じ方が違うし
今までの経験や体験によっても
感じ方が違うのです。
使命というのは
自分で悟ることであり
感じることなのです。
悟ったこと
感じたことは
否定することはできないし
ごまかすことができないのです。
他の人に対しては
悟っていないフリ
感じていないフリを
することができますが
自分には
ごまかすことはできません。
悟った人というと
何となく羨ましさを感じますが
実際は悟った人ほど
葛藤が大きいし
苦しい歩みをするのです。
悟ったが故に
努力するしかないし
悟ったが故に
批判や反対されることもあります。
悟ったことは
やるしかないので
現実が追いついていなければ
開拓していくしかないので
苦しい歩みになるのです。
いつの時代でも
先駆けて悟った人は
苦しい歩みをしてきたのです。
悟った使命を全うするために
努力をするしかない境地に
至っているので
苦しくなるのです。
というと
悟りの境地に至りたくない人もいますが
使命が大きい人は
否応なしに
悟りの境地に至るように
導かれるのです。
とくに今の時代は、悟った人が
一人でも多く必要なのです。
究極的には、全ての人が
悟りの境地に至るのですが
先駆けて悟る人が多くなることで
ある一点から雪崩のように
悟る人が増えてきます。
悟れない人に
要求することはできません。
悟れない人を
説得することはできないし
説得しようとしてもいけないのです。
悟れない人は、良い意味で
放っておくしかないのです。
悟った人は
悟れない人の基準に
合わせてはいけないのです。
悟ったことを優先させて
悟った通りの歩みをしていく
使命があるのです。
現実の環境が
追いついていない場合は
できることに
最善を尽くして
できることを
やっていけばいいのです。
私たちは悟れなければ
努力をすることはできません。
いくら理屈で
努力の必要性を知っていても
悟れなければ
努力はできないのです。
悟った人は
実行ができるのです。
真新しいことを学んで
知っていることが増えても
悟っていなければ
実行することはできないのです。
知っているのか
悟っているのかを
分けて考えることが
必要なのです。
他の人、周りの人が
悟っているかどうかは
どうでもいいのです。
大抵、先駆けて悟る人は
孤独な道を行くのです。
何となくでも
孤独感を感じる人は
悟りの境地に
至っているのです。
他の人、周りの人が
感じていない境地を
感じているので
孤独を感じるのです。
悟りの境地というのは
特定の分野だけではなく
ありとあらゆる分野で
悟るようになります。
自分の専門分野の中で
先駆けて悟る人には
その分野の中で
使命があるのです。
悟ったことに
集中して、投入することで
与えられた分野の中で
使命を全うすることができます。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す