【行き詰まりによって悟りの境地に至れる】
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学び
日常的スピリチュアル、安田です。
行き詰まりというと
あまり良い印象ではないのですが
悟りの境地に至るには
行き詰まりも必要なのです。
行き詰まりというのは
限界を感じることであり
限界を感じることで
生みの苦しみを感じ
新しい自我が芽生え
悟りの境地に至れます。
悟りの境地に至るには
生みの苦しみが必要であり
生みの苦しみによって
古い自我を壊すことができます。
行き詰まりを感じるには
徹底的に歩み
投入することで
限界を感じるようになります。
悟りの境地は
誰もが求めているのですが
生みの苦しみに耐えられる
自信がないので
反射的に拒否してしまい
悟りの境地に至れなく
なってしまうのです。
今は時代的に悟らないと
歩みにくくなり
努力しにくくなります。
なぜなら
答えが無い時代だからです。
答えが無いので
答えを自分で見いだすために
悟りの境地に至ることが必要なのです。
時代の恩恵によって
悟りやすくなっていますが
行き詰まりを感じ
生みの苦しみを感じ
古い自我を壊すことで
悟りの境地に至れるという
法則、原則は変わりません。
行き詰まりを感じる程に
投入し続けることで
真空状態をつくることができ
真空は自然に埋まるようになっています。
行き詰まりを感じたときは
大きなチャンスでもあるのです。
行き詰まりを感じることで
限界基準で歩むことができ
突破することができます。
行き詰まりを感じても
歩み続けることによって
突破することができ
悟りの境地に至れるのです。
私たちの歩み、努力というのは
歩みにくい、努力しにくいときに
どう突破するかなのです。
調子が良いときは
誰でも容易に歩みやすいのですが
調子が悪いとき
限界を感じたときに
どう歩むかが試されるのです。
行き詰まりを感じても
やるべきことができていれば
難なく限界を越えることが
できるようになります。
感情に振り回されないで
やるべきことができていれば
いいということです。
大抵の人は
感情に振り回されてしまい
やるべきことができなくなり
限界を越えることができなくなります。
限界を越えるといっても
特別なことをしなくてもいいのです。
限界を感じながらでも
いつも通りの歩みができていれば
限界を越えることが
できるようになります。
どんな感情が
湧き上がってきても
最善を尽くすことが
できていればいいのです。
行き詰まりを感じるというのは
感情の問題なのです。
感情の問題というのは
現実の問題ではないので
淡々と歩み続けることができるのです。
私たちの歩みというのは
現実的に身体を使って
歩むことであるので
感情がどうであれ
歩めるようになっています。
ある意味、ロボットのように
歩めるようになれば
感情を無視することができ
やるべきことができます。
行き詰まりの感情を無視して
やるべきことができていれば
限界を越えることができ
悟りの境地に至ることができます。
悟りの境地に至ることで
次元、基準を上げることができ
新しい段階での出発が
できるようになります。
行き詰まり
生みの苦しみを感じた先に
悟りの境地に至ることができ
高い基準で歩むことができます。
高い基準で歩むことで
より大きなことを目指すことができ
貢献する歩みができるようになり
成長欲求を満たすことができます。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌