デザイナー生き方について考える

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 人が人としていきるってどういう事だろうか、いろいろと勉強していくと様々な時代、様々な国に残っている書物などにはおおむね同じようなことが記されている。一貫して描かれてあることは「善なれ」ということであって「悪なれ」とはどこを探しても見当たらない。
 という事は人が人として生きていくには「善」でなければならないという事になる。あたりまえである・・・
 それは正しいけれど、ではなぜ世の中に悪がはびこるのであろうか。
理由としては悪というものはその前提として「 自分さえよければいい」という「自己中心的な考え」が結果として「悪なるもの」を呼び込み、染まってしまうという人の弱き部分が存在している。と過去の「偉人」のことばが伝えている。旧約聖書「出エジプト記」のなかで「モーゼの十戒」であらわしているように 
主が唯一の神であること
偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
神の名をみだりに唱えてはならないこと
安息日を守ること
父母を敬うこと
殺人をしてはいけないこと(汝、殺す勿れ)
姦淫をしてはいけないこと
盗んではいけないこと(汝、盗む勿れ)
隣人について偽証してはいけないこと
隣人の家や財産をむさぼってはいけないこと

 今から3200年前の人々を戒めた文言でありこの時代の世相が今と変わっていないことに気づく。
よくよく読むと当たり前の事だらけですね
 さらに時代はすすみ「お釈迦様」の話になります。お釈迦様は人々に善であれというよりそもそも人は「善」なのだ、善でないのは、うまく善を表現できていない消極的な状態であるから、修行を重ね自らの行為が「自分勝手」ではなかったかを反省せよといわれている。
 中国では「四書五経」に残されている「性善説」によって本来 人は「善」であると説かれている。
 日本の幕末の頃の「西郷南洲翁遺訓」には、忠、孝、仁愛、教化
愛の大切さを説き、かつ「私利私欲」をすてよと説いてある。
 実は我々は大きなものに対する愛を忘れてはいけない。
大きなものとはまずは1宇宙であり2.国家であり3.故郷であり4.家族であり5.
大切な同志の集まりであります。
 さらにその大きなものを支えているのはほかならぬ自分であるという事の責任感であります。その責任というのは「人類普遍の正義」でありそれが大前提であるという事を 維新の英雄「西郷隆盛翁」は語っておられます。
 ということで古今の書のほんの一部紹介しました
「性善説」を信じているデザイナーのひとことでした。
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