人は自分が思考しつつある物語の中で生きています。私の物語は「人生は甘美だ」を信条に今は生きています。
私の父は先の戦争で患い、空気の綺麗な所でないと生きられないと云われ、横浜の片田舎の駐在所(おまわりさん)勤務でした。その駐在所の真横で私は末っ子として暮らしていましたが、駐在所にやってくる人は、酔っ払い、失業者、夫婦喧嘩をした奥さんら、様々でした。私は5歳前後からその人達の話を壁越しに、時に好奇心を持ち、親身になって聞いていました。世の中人生いろいろだと実感したものでした。
社会人になり、企業内教育訓練の営業をやり、その後、講師となって日本各地に着替え等を持って出張が主な仕事でした。
リクルートという看板の元、研修をやっていましたが、講師マニュアル通りやっても、アンケートはさんざん、リピートは取れず、営業から冷たくされ、仕事が減って行きました。
試行錯誤した過程で分かってきたこと。組織の中で業績を比較的挙げていない人や立場の弱い人はなかなか本音が言えない。逆に好業績の人の中には業績を挙げていない人を「あいつはこうだ」といった決めつけをしてしまい親身になってその人の話を聞こうとしていない傾向があると(これも私の決めつけ)理解してきました。
そこで講師である私は正直になって行こうと思い、研修での成功体験を多少は摘むようになりました。
100名前後のある企業の研修でした。超ワンマンの社長がオブザーブをされた中での研修展開でした。中堅幹部の参加者はほぼ全員ボソボソの討議状態でした。同族の役員クラスも本音が出ていないと判断して、オブザーブをされている社長へ、各自1枚以上アドバイスカードに社長への提言を書いて社長に手渡すという場面をつくりました。
社長は10数枚のアドバイスカードを時に顔を赤くして熱心に読んでました。その後、社長は「みんな聞いてくれ」と今まで不安も持ちながらも突っ張ってきた社長の正直な気持ちを伝えてました。参加者はドキマキしながらも社長の誠実な云い方に何か打たれたものがあった様子が側で見ていた私にもわかりました。研修は大成功で、研修終了時社長のご子息の音頭で乾杯は気分のいいものでした。
コーチングは研修参加者のその後のフォローとして始めたのがキッカケです。
1対1の場合、こちらにも気づきや学びがあります。逆にコーチに気づきがないコーチングは失敗だと思っています。コーチを受ける人はその気づきのないコーチを出会いのなかったコーチと多分判断してしまう恐れがあります。
上記の一言自己紹介で人は自分の物語を思考しつつ生きていると記載しました。これは私の決めつけであり先入観です。お客様であるコーチを受ける人の、その人となりの物語の片りんを理解させて頂き、応答するコーチの物語をぶつける。このことが出会いと、私は思っているのです。
コーチとしての理想像があり、受け答えも完璧なものは多分AIで十分対応出来ると思われます。
私は現在、主に仏教書やその関連図書を主に電子書籍で読み、原則1日1回はウォーキング、週に1回は将棋同好会負けても参加で楽しく暮らせています。よろしく。