恋愛と自己との対話の近似性及び補完関係についての考察…と思ったけどやっぱよくわかんねーやw
たくさんのメッセージと気付きから、一つの仮説が頭に浮かんだ。
それは
恋愛って、自分の本質と向き合うための練習なのでは?
というもの。ここしばらく、恋愛というものがなんなのか自分の中で不明なままだった。
いろんなアーティストさんの歌詞で、恋愛のようにも自分と向き合っているようにもとらえられる歌詞ってあって、受け取り手に委ねられていると思うんだけど、さっきふと気付いたのが、
ということは、その二つってとても近しいものなのでは?
というものだった。
記憶にある過去の恋愛においては、相手と一緒にいるために諸々のすり合わせをする中で、自己と向き合うことになった。
それは自分自身とも同じことではないだろうか。
ずっと一緒にやっていく自分自身の本質も色々な側面も、そこの意思疎通がとれていないと苦しいよね。
皆根源的に自分の本質との対話を求めていて、目に見える他者ととりあえずそれをやろうとする…のか?
でも他者は自分が動かせるものではないから、そっちの方がハードモードじゃね…?
あれ、結局よくわからんくなったw
まぁゆっくり考えていけばいいさ、それもまた楽しきかな。
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