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機能不全家庭で育つと、好きと嫌いがわからない?

食卓のお話前回の動画で、自分の枠から子供を出したくなくなるおかあさんという説明をしました。 私の場合ですと、高校生になっても自分の好きなヘアスタイルもないし、母親が決めている美容院にしか行っていなかったし、いざ自分で美容院に行けるようになったのにもかかわらず、自分の好きなヘアスタイルが言えなかったという内容です。 (前回の動画を概要欄に貼っておきます) どうしてこのような状態になったのか? そもそも、私の育った機能不全家庭のお母さんは、小さい時から自分の母親との関係のなかで、我慢をたくさん溜めてきています。そんな我慢人生を送ってきていると、わが子が自由なふるまいをすることが不快なんですね。 今回のテーマ、食卓のお話 食卓って、母親が持っているたくさんの不快がひしめき合ってるんです。「おかずをごはんの上にのせて食べるのがだめ」とか、「マヨネーズやソースをあまりかけすぎちゃダメ」とか、あと、よくあるのが、体に悪そうな食べ物の排除とか食べ物や食べ方だけでなく、台所の使い方にもお母さんの不快はそこかしこにあります。 私の場合、洗い物をするとき、炊飯器の釜に油もののついたお皿をいれたら、母親にめちゃくちゃ怒られました。あとは、勝手に台所で料理をしたら、調理器具の片づけ方にけちをつけられます。まな板でニンジンを切ったら、オレンジ色の色素がついていると怒られました。 母親の心と秋の空・・・ これね、「あら、ご飯してくれたん?ありがとうねぇ~♪」と猫なで声でお礼を言われるときもあるんです。だいたい母親の言いなりになっていると機嫌がいいのですが、たまには自分の好きなものとか、お菓子とかつくりたく
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アダルトチルドレンの欠損について

欠損とはどういうものなのか? もう少し詳しく掘り下げてみたいと思います。 前回の動画では、対談のなかで私が欠損しているものを話させてもらいました。聖子ちゃんカットにしてくださいが言えないって話ありましたね?何故、聖子ちゃんカットが言えないのか? じゃぁ、明菜ちゃんだったらよかったのか? (違うよね) 明菜ちゃんもダメなんですよね。 自由な意思を持つことがだめなんです。 それはどうしてなのか? まず、赤ちゃんの頃のことから考えてみます。 生まれたばかりの赤ちゃんは、お母さんがいないと何もできないし、母親を全面的に信頼していますね。その赤ちゃんも少しずつ成長し、いろんな人を知り、自我が目覚め始めます。 そうすると、母親は無意識のなかで、不安や怯え、嫉妬を持つんですよね。 自分の枠の中から子供を出したくなくなるんです。 そうすると、お母さんはありとあらゆる方法でこどもが自分の枠からでないようにするんです。例えば先読み不安わかりやすいのが、朝、学校に行こうとしたとき、出がけにお母さんがふと不安になるようなことを言うんです。「宿題やった?」 「体操服もった?」 あとは、「お天気が悪いから傘を持って行きなさい」 一回や二回ならまだしも、毎日毎日、朝でがけに、あれ?どうだったっけ?と考えないといけないようなことを、しかも出がけに言うんですよね。毎日毎日毎日、わすれものない?えんぴつもった?けしごむもった?ランドセルは?www(もうええわー-)そこまでいわなかったとしても、常にでかけるまえにそんな声掛けされたら、そのたびに子供の思考は、自分のできてない所さがしてしまいますよねパブロフの犬ってき
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アダルトチルドレンの欠損の話(対談)

はじめまして (*^-^*)わたしは、セッションルームあなここに所属しているカウンセラーのzukaといいます。よろしくお願いします🌟私は、自分が機能不全家庭で育ったということもよくわからず、(なぜ私って生きてるんだろう?)と、小さい時から思っていた子供でした。 大人になり、結婚して家族に問題が起きつづけることから、自分がカウンセリングをうけて、機能不全家庭で育った人間だということを知りました。日々、学んだことを動画にしていますので、こちらでもアップさせてもらおうと思います。よろしくおねがいします (*^-^*)  zuka
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【うつ病・繊細さん】「親孝行しなければならない」という呪いから、自分を守るということ

うつ病や繊細さを抱えて生きている方の中には、機能不全家庭で育った経験を持つ方が少なくありません。子ども時代、本来であれば守られるべき場所で傷つき、安心できるはずの家庭で気を張り続けてきた。そんな背景を持つ方にとって、「家族」という言葉は、必ずしも温かいものではないこともあります。そして大人になり、少しずつ自分の心を見つめる中で、ふと気づく瞬間があります。「もしかして、自分の親は毒親だったのではないか」と。その気づきは、とても大切である一方で、同時に苦しさも伴います。なぜなら世の中には、「親は大切にするべき存在」という前提があまりにも強くあるからです。さらに年齢を重ねると、そこに現実的な問題が重なってきます。――親孝行――親の介護周囲からはこう言われることがあります。「育ててもらったんだから恩返ししなきゃ」「親の面倒を見るのは当たり前」「介護しないなんて冷たい」その言葉は、一見すると正論のように聞こえます。けれど、その“正しさ”は、すべての人に当てはまるわけではありません。❇️「恩がある」という前提に、違和感を持ってもいい親子関係において「恩」という言葉が使われるとき、多くの場合それは無条件のものとして語られます。生んでくれたこと、育ててくれたこと、それ自体が恩なのだと。けれど、ここで一度立ち止まって考えてみてもいいのです。あなたは、本当に「安心して育てられた」と感じていますか。あなたは、本当に「大切に扱われていた」と言えるでしょうか。もしも、日常的に否定されていたり、感情を押し殺すことを強いられていたり、愛情の代わりに支配や無関心を受けていたのだとしたら――それは「恩」と呼べる
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よろしくお願いいたします。

はじめまして。私は、女性の独立と自由と自分らしい生き方を応援したくて、占いとデザイナーの相談を出品したくてココナラに登録しました。私自身、昭和の時代の機能不全家庭とまでは言いませんが、ありがちな昭和な家庭に長女として生まれました。母親からは「ばか」だ「あほ」だ「魔女みたい」だなど、言われていました。自分の意見や好みや思っていることを言わず周りに合わせて生きていました。いじめられっ子でしたが、ふしぎちゃんで、中学校で占いをしたり(タロット占いや占星術)、おまじないを友達に教えていました。高校では、中学の時の同級生が番をはっていて、「困ったことがあったら相談してね」と教室まで来たので、いじめられずにすみました。深夜や明け方に避難場所として、駅から近い私の家に来ていたので、それはそれで大変でしたが、占いやお守りを作って渡していました。専門学校では、ブラック労働な新聞奨学生をやっていて、一人なくなったかたがいたので、団結して新聞社に抗議に行きました。(親は権力のある側が正しく、私を悪者にする習慣が高校、中学のころからあり何もしてくれませんでした。)今思えば、私が早く自立するために起こっていたこと。強い自我を育むための試練だったと思います。ドSな宇宙さんに近い、仙人のような守護霊?だったのです。笑そんなこんなで、働き始めてからもブラックな制作会社が多く、住み込みで印刷会社に働き、月10万づつ貯金して独り立ちし、早くに派遣になり、派遣からフリーランスになりました。2007年にはホームページとブログ、メルマガでスピ系の発信を始め、アフィリエイトも登録していたかと思います。でも、1年ほどで挫折
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毒親との適切な距離感を探す

行き来するのがよしとされる 親子関係ですが そう簡単にいかないのが毒親 私の事を先に書いておくと 県も違うし もう何年も(覚えていない)会っていません電話は着信拒否にしてあるので 連絡手段は郵便のみ が、しかし 今が一番ベストな関係性です まず安全です 生活を脅かされる要因が有りません 本当に用が有る時は手紙を書くしか無いので おかしな内容だった場合証拠が残ります 電話や対面だとボイスレコーダーを 常に用意するのは難儀です もう一生会うことは無かろうと 決別したつもりですが 向こうから年数回 食料(昆布とか煮干しとか自分じゃなかなか買わないヤツ) が送られて来て 私が「届いた」 と葉書を送るところに落ち着いてます 今も死んでも会うつもりはありませんが それは何故かというと 向こうも落ち着いている感触があるからです 毒親というのは コンプレックスを刺激される対象 (この場合子供、しかし兄弟がいても一人に絞られる) が側にいると 冷静でいられなくなります その姿を子供は見たくないのです 酷いことをするからではなくおかしくなっている親を見るのは辛いからです 親は子を想うのは自然な感情ですが 子供も親を想っている なのに親が辛そうなのは 子供にとって不幸なのです これは子育て、夫婦関係、パートナーシップ に共通するポイントです 家族関係に手を焼いている人は 一旦離れて 自分なりの適切な距離を 見付けるべきです
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年末。人間関係も片づけましたか?

出来ればスッキリと年明けを迎えたいものですが私は機能不全家庭出身ゆえ子供時代、凍てついた空気漂う年末年始の家族模様は地獄でしたそれが今では子供たちとだけで過ごせるので年始感は無いにしろ平和を謳歌していますしかし今年は占いによると私の運勢は低空飛行で個人事業主になったという一大イベントが有ったものの実際は暇で、その代わり自分の中にまだ潜んでる闇と向き合う機会が多く一人でいるのに精神的に成長した年となりましたスピリチュアル界隈では来年は変化の波が大きいと言われていますその代わり夜明け前は暗い、とも言われ認めたくないけど12月はへこむ事がいくつも起こりましたその中でも大きかったのが自分の親と全く同じ思考回路を持つ人の登場いわゆるアダルトチルドレンです(仮にAさんとします)私なりに考えた結果、おかしいと判断しAさんに確認するという姿勢で問いただした結果まあ、アダルトチルドレン特有の自己正当化、責任転嫁、共依存の思考からの「貴方の為にやってるのに」「私の方が大変」「貴方がおかしい」等、人を責める言葉が面白いほど出る!そして勝手な思い込みによる決めつけそれに対し私は、論理的に考えた結果のみを伝え思い込みによる決めつけには無言でいましたポイントは相手を責めずに自分の考えのみを伝える事相手が明らかに変な事言ってたとしてこちらが無言でもアダルトチルドレンはその間にさらにぼろを出すことをしゃべります私がボイスレコーダー持ってたらどうするんだろ?この出来事は、私のハイヤーセルフがいたとして本当に精神的に成長出来たか親とのトラウマを克服し一人の大人として振舞えるか最後のテストだと感じましたカウンセリン
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アダルトチルドレンの“強さ”という視点

私は寿司割烹の家庭に生まれました。いわゆるいつも慌ただしい自営業の家庭です。外から見れば、普通の家に見えたのでしょうか。しかし家庭内はいつもギスギスした空気感。両親は仲が悪くて、顔を合わせれば口喧嘩。母は父の悪口を私たちに吹き込み、暴力的な父は、気分次第で私と兄を持ち上げたり、けなしたり。昨日褒められたかと思えば、次の日には人格否定される。そんな感じの家でしたので、私の心はいつも不安定に揺れていました。私はいつも不満でいっぱいな母親の感情のはけ口でした。父のこと、近所の人のこと、友達のこと、母の話を一方的に受け止めるのが私の役目でした。子どもながらに、あれはかなりきつかったですね。でも、何が一番しんどかったって、母の話題の中心はいつも家庭の外の人たちで、私のことには何をするにも干渉や比較をしてくるのにもかかわらず、私が今何を考えどう感じているのか、というような私の内面に全く興味がなかったことでした。これ以上の人格否定はあったでしょうか?中学のころ、男子生徒全員にある日を境に無視されるという、陰湿な虐めに遭っていたんですが、母には言えませんでした。どうせ聞いてもらえない、とわかっていたからです。高校生のときにもあろうことかまたしても、一人の女生徒にターゲットにされるという虐めに遭い、さすがに限界で打ち明けたことがあるんですが、母から返ってきた言葉は、「虐められるのは、あんたに原因があるんじゃないの?」という一言でした。そのとき、「ああ、この人には何を言っても無理なんだな」って、妙に冷静になり、身体が芯から冷えていくような感覚を覚えました。それからは、何があっても「自分でなんとかす
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年末年始実家に帰るのが辛いあなたへ

2025年も残すところあと4日。もうすぐ今年も終わりますね。 年末年始を前に、「実家に帰るかどうか」で気持ちがざわついている方も多いのではないでしょうか。私は、お正月には実家に帰りません。 その代わり、年が明けて旅費が安くなる2月頃に、母の顔を見に帰る予定にしています。「親に会うこと」自体を否定しているわけではなく、自分にとって無理のないタイミングを選んでいる、という感覚です。今日は、 実家に帰りたくない 親に会いたくない 事情があって、親に会えない・会いたくないとか、毎年実家に帰るのが憂鬱で仕方がない。それでもどこかで、 「帰らないのは冷たいのではないか」「親に会いに行くのが正しいのではないか」 そんなプレッシャーを感じている方に向けて、書いてみたいと思います。 年末年始がつらくなる理由  年末年始は、 「家族で過ごすのが当たり前」 「帰省して当然」「親孝行しなければ」 といった価値観が、普段以上に強調される時期です。 けれど、すべての人にとって「実家」が安心できる場所とは限りません。 特に、 親きょうだいとの関係がうまくいかなかった経験がある方の場合、・ 昔の役割に引き戻されてしまう・ 無意識に親の顔色をうかがってしまう ・ イライラモヤモヤしてしまう・ 過去のつらい記憶がよみがえる  と、いった反応が起こることがあります。  そういう方にとって、帰省は 「休息」ではなく、大きな消耗を伴う出来事になりやすいのです。  それでも我々日本人の多くは、日本古来からの風習に習い、 「それでも帰るのが正しい」 「我慢するのが大人」「孫の顔を見せに行かないと」  と、いった道徳的な観念
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アダルトチルドレン(AC)の生きづらさと回復

「人の顔色ばかり気にしてしまう😥」「NOを言うと罪悪感が湧いてくる😥」「嫌われるのが怖くて、つい頑張りすぎてしまう😥」こうした生きづらさの背景に、“アダルトチルドレン(AC)”という概念があります。これは病名ではなく、子どもの頃に“安全に甘えられない家庭”で育ったことによって大人になっても残り続ける心のクセのことです。機能不全家庭で育った私自身も、まさにその渦中にいたひとりです。✓私が感じていた「母の機嫌」を軸にした世界私の高校時代、母の更年期も重なっていたことや、兄や私の学費を工面するため両親はいつも忙しくしていたこともあり、家庭はいつもピリピリした空気に包まれていました。朝、母が私の目を見てくれることもほとんどなく、暗い表情で朝食とお弁当を用意している背中が、私には“鍵がいくつもついた決して開かない鉄の扉”のように見えていました。母の笑顔が見たい。「愛されてる」「関心を向けてもらえている」という実感が欲しい。その一心で、私は必死にピエロを演じていました。学校であった話を面白く脚色して、テンション高く喋って、家庭の空気を明るくしようと全力で努力する。でも母はそんな私に「朝っぱらから、うるさい」と怒りをあらわにすることもありました。母からのゆるぎない拒絶を感じる瞬間。そのたびに私はひどく傷つきました。“どう振る舞えば愛されるのか”“私は何をすれば嫌われないのか”そんなことばかり考えていたせいで、家庭内の不和は常に私を不安にさせ、「人の反応が怖い」という感覚は長い間、私の中に根付いていました。✓アダルトチルドレンとは何か?“アダルトチルドレン”という名前だけ聞くと少し特殊に思える
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誰かと悲しみや苦しみを共有する大切さ

機能不全家庭を育ったという経歴を持つ人にとって大きな関門があります。それは「他人と苦しみを共有できない」です。なぜかというと周囲に苦しみを理解してくれた経験がないために、自分の本心を伝えられたことがありません。だから苦しみを一人で抱えてなんでも一人でやろうとしてしまいます。ですので誰かに自分の痛みや苦しみを出来れば直接共有する事、これが解毒、また願いをかなえられる自分への第一歩になります。もし言う人がいなければ私宛のメッセージに書き捨てて頂いても全然かまいません(笑)共有することがまず第一歩です。
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気付く苦しみと、気付かない幸せ?

「機能不全家庭」だということに気付いてそこから脱出しよう、呪いを解こうとするとき、どうしても過去のフラッシュバックであったり、親やきょうだいに対する憤りであったり、悲しみであったり……心が乱れてしまうものです。『どうせなら、そのまま気付かず「家族」をやっていたほうが良かったのではないか?』そんな風に思ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、本当に死の淵まで気付かないまま、人は生きられるのものでしょうか……?私は、気付いて更に深い傷を負ったとしても、その心の傷が少しずつ癒えた上で、その人らしくのびのび生きていく幸せもあると思うのです。「気付いて苦しんでいる人」にお話を聞いて、やっと本当にやりたいことを見つけ出すお手伝いができるように思います。あなたが人生に立ち止まってしまった時、駆け込む先でありたい。過去に苦しめられて楽しく明るい未来が描けない時、一緒に未来を探しにいきましょう。
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