夏の終わりの羅生門。
――ある夏の日曜の暮れ方のことである。ひとりの男が、羅生門の下で、夕立のやむのを待っていた。広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、丹塗の剥げかかった円柱に、ひとつ残った蝉のぬけ殻が乾いた影を落としているばかりである。昼間の暑さはまだ石畳にこもり、立っているだけでじっとりと汗が滲む。夏の熱気に包まれたその場所は、不思議に寂しい。しかも、その日が「夏休みの終わりの日曜日」であることが、いっそうこの男の胸を塞いでいた。――遠くで、テレビから「サザエさん」の主題歌が聞こえてくる。陽気な旋律は、かえって重苦しい。あれが鳴り終われば、楽しい日々は幕を閉じ、また月曜からの一週間が始まるのだ。夏の輝きも、休暇の自由も、もう戻ってはこない。しかし、一方で町家の奥からは、ほっとした吐息も洩れていた。ある主婦は、夏休みのあいだ毎日のように子供の昼食をこしらえては、「またそうめん?」「今日はカレー?」と文句を言われ、汗だくで台所に立ち続けていたのである。その夏休みが明けると聞けば、彼女にとっては束の間の解放。「明日からは給食に任せられる」と、小さく笑みをこぼしていた。羅生門が荒れ果て、死人の棄て場所になったように、夏の終わりもまた、人の心に「行き場のない憂鬱」と「密やかな安堵」を棄ててゆく。だからこの門の下には、男ひとりしかいない。皆それぞれの家で、せつなさに沈む者もいれば、安堵に微笑む者もいるからである。――こうして、夏の暑さと休みの名残を背負いながら、あかつきは門の下に立ち尽くしていた。その先に待つものは、月曜という名の羅生門であった。c(`Д´と⌒c)つ彡 c(,Д、と⌒c)つ彡
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