絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む
有料ブログの投稿方法はこちら

すべてのカテゴリ

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

マズローの5段階欲求説 孤独は嫌だの欲求

「保健室まるみ」です。ココナラで電話相談とテキストでの相談をしているカウンセラーです。前回、前々回と続いて本日はマズローの5段階欲求説3段階目、社会的欲求です。所属と愛の欲求と呼ばれることもあります。でもイマイチその言葉だけではピンと来ないのは私だけでしょうか。私は自分なりに変換して、「1人じゃ嫌だ、孤独は嫌だの欲求」だと解釈しています。今日はかなり私の私見も入っていますので、 これが全部マズローさんの考えだと 思わずに読んで下さいね。一般的には家族や組織、何かの集団に所属して安心感を得たい、という欲求だと説明されていますが、実際に親兄弟が居るとか、友達と呼べる人が居るということよりも、「つながっている感じ」が重要だと私は思っています。会社に属し、家族も居る人が、精神的には誰ともつながれている感覚が無く、その集団の中で自分は1人だと孤独を感じているとしたら、本当の意味の所属と愛の欲求は満たされていないと私は考えています。どこかに属することを求めるということはつまり、自分を受け入れてくれる他者の存在を求めているということだと思うのです。そして私はここに居ても良いのだと安心したい、その後自分も誰かを受け入れてつながりたいみたいな感覚。これが所属と愛の欲求だと私は解釈しています。そう考えるとですね、ペットであったり、海とか山などの自然であったり、スポーツであったり、アニメや芸術の世界であったり、宗教みたいな教えだったり神様みたいな見えない存在だったり、人間で無いもので満たされている場合もある気がします。完全に私見ですけど。1人で居ても全然平気という人は有ると思います(私もわりとそっち
0
カバー画像

淋しいと感じることはありますか?

一人で居られること一人で色々出来てしまうこと。これはとても大きな「強み」です。しかし。人には「所属の欲求」があることも、また事実です。所属の欲求とは心理学者マズローが提唱した、人の欲求は階層になっている、という説。①生理的欲求②安全の欲求③所属の欲求④承認欲求⑤自己実現の欲求の5段階で、①から順番に満たされていき、下位の欲求が満たされると上位を満たそうとする、という考え方です。「所属の欲求」は「愛の欲求」「社会的欲求」とも呼ばれます。原始の頃、「一人で居る」ことはすなわち「死」に近づくことを意味していました。突然敵に襲われた時、集団の中にいれば力を合わせて撃退することも出来る。しかし一人で居れば、あっという間に餌食になってしまいます。現代の「所属の欲求」とは?現代ではそのような危険はほとんどないでしょう。では、「現代の所属の欲求」とは、何を求めているのでしょうか。それは、「自分は〇〇の一員だ」というのは、「自分は必要とされている人間なのだ」と感じることが出来るからでは、と考えます。一人でいることは、気が楽です。ただ、「自分なんて生きていても意味が無い」という考えにつながりかねません。「繋がり」を持つそうしたメンタル危機への予防策として、「何かに繋がっている」意識を持つことをお薦めします。繋がる対象は、人でなくてもいいと、私は考えます。動物でも、植物でも。もちろんバーチャルな世界でも。結びつきは数より「質」です。一人で居られる強さを大事にしつつ、何かに繋がって、一員でもある。というのは、如何ですか?
0
2 件中 1 - 2
有料ブログの投稿方法はこちら