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(446日目)言うことは、変わる。

今日はとても短い内容です。しかもプロモーションです。さてさて。私は相談受ける立場ですが、相手によって発言内容は変わります。例えば自信がなくて生きるのに疲れた人には『〇〇という武器があるのにもったいない。活かしましょう。』と言うし、自意識過剰な人には『周囲からどのように見られているか、自分の行動を振り返ってみましょう。』と言う。一貫性はないのだけど、相手に合わせたオーダーメイドなんだから仕方ない。逆にどんな相手にも同じこと言ってるようじゃ無価値・・・いや害悪とも思う。しかし一つだけ一貫しているとしたら<欠けたバランス感覚を調整している>ってとことだろうか。悩みを抱えている人はバランス感覚が失われている状態。それが今までの人生経験による慢性的なこともあれば、何らかのトラブルが原因になって一時的に生じている状態ってこともあるこの状態はいわゆる「視野狭窄」ってやつです。視野が狭くなってる。だからこそ、私が相談に向き合うときはこのバランスの崩れをいかにして整えるかに集中する。そうすれば悩みの大方のことは解決に向かうと考えるから。もし、『心のバランスが崩れているかも!?』と思う方はどうぞお越しやす。
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自己中というと悪い言葉にきこえますが、他人中心も変

自分が存在するから、自分の目や意識を通して世界もある。何が中心でしょうか?それは誰でも同じように自分でしょう。自分を中心に考えて行かないと、人生めちゃくちゃになってしまいますよ。他人中心となっていては、いけません。時と場合によっては協調は必要です。それが著しく欠けてはいけません。自己中は、あからさまに表現はしない方が良いのは確かなことです。表現するかしないか、ただそれだけの差なんだと思います。それから、自己中でない人はただの意志薄弱という状態です。精神の病です。優柔不断は意志薄弱ではありません。決め手が見つからないだけです。優柔不断が悪いとも言い切れず、秀でた選択肢がないだけのことです。恋愛関係で相手の優柔不断を怒る人もおりますが、そんなときは、秀でた選択肢を与えるとよいでしょう。三角関係ならば、ご自身が秀でればよいわけです。どっちもどっちだから選べないのでしょう。ま、そんな無礼な相手は地獄に落ちたりするかもしれないんですが。甘んじる本人もどうかしていますね。そこも、どっちもどっちと言えますね。大分話もそれましたが。とことん自己中でいいのではないでしょうか?ただ、その自己中に人を巻き込まなければいんです。
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