真ん中に立つということ
こんにちは😃
日々、一人二役の自己対話からメッセージを得てブログ投稿しています🍀
今日は【真ん中に立つ】という言葉が印象的でした。
良かった、悪かった
安心、不安
正しい、間違っている
優れている、劣っている
etc
これらは人間がレッテルを貼っているだけで、本当は「ない」のだそうです。
理由は言葉が降りてきませんでしたが、
確かに物事は「ただ起きてるだけ」なのに
それをあーだこーだ頭を動かしてこねくり回しているのは人間ですね。
例えば私はものすごく心配症です。
心配症すぎて疲れます。
なぜなら
私の頭が
「心配すれば心配した事が起こらない」
「最悪を想定した事は現実にならない」
という謎ルールを採用しているからです。それは幼少期から自分を守るために築いてきた防衛法なのでしょうね。心配症をやめるには、
「ただやめると決めればいい」のだそうです。
「最悪を想定してもしなくても、ソレは起こらない」
「心配してもしなくても、ソレは起こらない」
とルール変更すればいいだけなのだそうです。なんだか拍子抜けです。
どうやって書き換えたらいいかというと、
「体感」が全てなのだそうです。
あぁそうなんだなって身体が感じればいいのだそうです。
冒頭の、
良い事悪い事などの二極のものは、
本当は存在してなくて、
何があっても
「私に都合が悪い事は起こらない。それを私は知っている」
という、なんとも上から目線で自分の事を眺めるというスタンスに立つ事。
二極の真ん中に立って、
自分にとって心地の良い事(刺激的な事ではなく)をしていく事。
ただただ、極のない心地よさという「真ん中」に立ち続ける事。
その
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