二・二六事件の日
二・二六事件とは
1936年(昭和11年)、陸軍の青年将校に率いられた1500人ほどの部隊が、天皇の側近や大臣を次々と殺害し、首相官邸や警視庁などを占拠したクーデターです。軍主導の国家改造を目的としていました。2月26日に発生したことから、この名があります。
【目的】
・軍主導の国家改造の実現
・昭和維新の実現
・尊王討奸の実現
・天皇親政の実現
・政治腐敗の解決
・農村の困窮の解決
【結果】
・3日後に青年将校らは拘束され、軍法会議で17人に死刑の判決が下された
・軍部には逆らえない、逆らったら何をされるかわからないという空気ができあがり、軍部の発言力が強まった
・議会の発言力が弱まっていくことになった・日本型の軍部ファシズムの成立を促す契機となった
・この事件が結局太平洋戦争への一里塚になったともいわれている
この事件では、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎陸軍教育総監が殺害され、鈴木貫太郎侍従長も重傷を負いました。
五・一五事件と二・二六事件どっちが先?
五・一五事件は1932年(昭和7年)5月15日に発生し、二・二六事件は1936年(昭和11年)2月26日に発生しました。五・一五事件が先です。
五・一五事件とは
1932年(昭和7年)5月15日に発生したクーデタ事件で、海軍の青年将校が中心となって首相官邸や日本銀行、警視庁などを襲撃し、犬養毅首相を暗殺した事件です。
参考:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
画像:ブルーミーストアより引用💖
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