書きあぐねる作家の髙橋P.モンゴメリーはnoteの通知が多いとうれしい反面どこかで晒されているのではないかと不安にもなる今日の雨の午前
書きあぐねる作家の髙橋P.モンゴメリーは、昨晩から朝にかけて、noteの通知がいつもより多いことに気づいた。
スキがつく。
フォローされる。
誰かが、自分の文章の前で少し立ち止まってくれた気配がある。
それはもちろん、うれしい。
うれしいに決まっている。
以前は、一日に二百人ほどの方が読みに来てくれていたこともあった。あの頃のありがたさを、僕はまだちゃんと覚えている。
文章というものは、部屋の中でひとり書いているようでいて、誰かに読まれた瞬間に、少しだけ外の空気を吸う。
だから通知が増えるのは、うれしい。
なのに。
そのうれしさのすぐ隣に、変な不安が座ってくる。
もしかして、どこかで晒されているんじゃないか。
誰かが僕の文章を見て、知らない場所で何か言っているんじゃないか。
そう思ってしまう。
なんとも面倒くさい。
読まれたいくせに、読まれると怖い。
見つけてほしいくせに、急に見つかるとカーテンの裏に隠れたくなる。
けれど、よく見てみれば、嫌がらせはなかった。
変なコメントが来たわけでもない。
心ない言葉を投げられたわけでもない。
ただ、スキが増えて、フォローが増えて、誰かが読んでくれていただけだった。
だったら、素直に喜べばいい。
そう思う。
そう思うのだけれど、人間はそう簡単にはできていない。
今日は雨だ。
窓の外は少し暗くて、道の色もいつもより濃い。雨の日は、どうしても気持ちが内側に向かう。
けれど今日は、雨だけど涼しい。
それはそれで、ありがたいことだ。
雨はいやだ。
でも、涼しいのはうれしい。
寒いと、あたたかくなれと思う。
暑いと、涼しくなれと思う。
人って本当にわ
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