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「行けばなんとかなる」——海外駐在を断れなくする組織の空気

再び海外駐在の話があったのは40代半ば過ぎの頃だった。 行き先はまたしてもニューヨーク。 しかし、その時、私の周囲にあったのは、 “意思決定”ではなく、 すでに「行くことが前提」になった空気だった。 あの時の現地法人の社長だった先輩は事業部門長、その下で私は部長というポジションにいた。 結婚をして2人の子どもができ、4人家族となっていた。 当時、リーマンショックの影響がまだ色濃く残り、多くの企業がコスト削減に追われていた。 私の会社も例外ではなかった。世界全体で業績の落ち込みが問題となっていた。 海外拠点の再編が進み、親会社では世界各地の工場閉鎖によって帰任する駐在員も出ていた。 中には、赴任してから数か月しか経っていない人もいた。 そんな時期に、私に海外駐在の打診があった。 事業部門の責任者になっていた彼は、昔と変わらない調子でこう言った。 「駐在なんて、長い旅行だと思えばいい。」 そして続けてこう言った。「旅の恥は掻き捨てられるだろ。」 私は、その言葉を聞いて戸惑った。 正直に言えば、こう思った。 この人は、いったい何を言っているのだろうか。 海外駐在は、そんな軽いものではない。少なくとも、あなた自身が一番よく理解しているはずではないのか。 しかし、その頃には、私の周囲ではすでに「私が行く」という空気ができ始めていた。 直属の上司は、軽い調子でこう言った。 「行けばなんとかなるよ。」 同僚は、半分冗談のように言った。 「海外駐在なんて、うらやましいねえ。」 一見すると励ましの言葉のようにも聞こえる。 しかしその言葉を聞くたびに、私はある違和感を覚えていた。 誰も、この決断の
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「単身赴任はやっぱり難しい?」― 家族の決断が揺らぎ始めた ―

正式に駐在の人事発令があり、ステイタスの変更に伴って給与などの処遇が駐在員扱いとなった。 ようやく家の賃貸契約が結べるようになり、物件を探し始めた。 そんなタイミングで日本にいる家族に電話をした。 どんな物件が良いか家族の希望を確認したい、私はそんなことを考えていたのだが、返ってきたのは「単身赴任はやっぱり難しい?」という言葉だった。 正式に駐在員扱いになって、これで家族4人の生活が始まると考えていた私にとっては、いまさらなにを言ってるのだろうか?という感覚だった。 「とりあえず行ってみよう」と話し合ったじゃないか。私はそんな言葉を発していた。 詳しく話を聞いてみると、この数か月ひとりで悩んでいたそうだ。 会社を辞めてサンノゼに帯同するか、それとも会社を辞めずに日本に残るか。 というのも、同僚から同じような状況で会社を辞めて海外へ行き、数年後に帰国した際に正社員での働き口探しに苦労した人の話を聞いたらしい。 「会社を辞めた瞬間、それまで積み上げてきたものは全部なくなる」。 そんな話を聞かされて、一度決断したはずの思いが揺らいでしまっていた。 上司との評価面談では「会社に残ってキャリアアップを目指したらどうか」とも言われことも悩みに拍車をかけたらしい。 自分のキャリアの中断と家族との生活、誰に相談することなく答えが見つけられずにいた。 実は、子供たちも動揺していた。 彼らにとって、この数か月間の空白は様々な影響を与えていた。 学校からは学年主任を通じて内部進学希望の有無の返事を求められていた。 海外への転校については、早い段階から予定時期など学校に相談をしていた。 ところが、なか
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